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千葉の教訓は、なぜ北陸で生かされなかったのか

バイアス

2026.08.31

― 災害時の認知バイアスと「Stop-Look-Think」―

2026年8月13日から14日にかけて、千葉県では線状降水帯が相次いで発生し、記録的な豪雨となりました。

道路は各地で冠水し、多くの車が水没しました。その後の集計では、冠水によって動けなくなり道路上に残された車は、県内で少なくとも約2,700台に達したと報道されています。

この光景はテレビやインターネットで全国に繰り返し報道されました。

ところが、そのわずか2週間ほど後の8月27日には石川県、富山県を中心に記録的な大雨となり、道路冠水によって多くの車が立ち往生する事態が発生しました。

さらに8月30日には福井県でも猛烈な雨となり、福井市、大野市、勝山市に警戒レベル5に相当する大雨特別警報が発表されました。気象庁は「特別警報が発表されてから避難するのでは手遅れ」と明確に呼びかけています。

私はこの一連の災害を見ながら、一つの疑問を感じました。

なぜ、千葉の教訓が生かされないのでしょうか。

特に福井県の場合、その数日前に隣県である石川、富山が大雨災害に見舞われています。

情報がなかったわけではありません。

それでも同じようなことが繰り返されます。

ここには、人間の持つ「認知バイアス」が大きく関係しているように思います。

「千葉は千葉、ここは大丈夫」

まず考えられるのが正常性バイアスです。

正常性バイアスとは、危険を示す情報が入ってきても、

「まだ大丈夫だろう」

「ここまで水は来ないだろう」

「今まで大丈夫だったから今回も大丈夫」

と、異常な状況を日常の範囲内として処理しようとする心の働きです。

災害心理学の研究でも、正常性バイアスは災害リスクを過小評価し、避難行動を遅らせる要因になることが指摘されています。さらに水害や土砂災害のように危険度が徐々に高まる災害では、その変化そのものに気づきにくいという特徴があります。

雨が降り始めた時点では道路を普通に走ることができます。

少し水がたまっても、

「これくらいなら行ける」

となります。

ところが線状降水帯による豪雨では、状況が短時間で一変します。

千葉豪雨でも、千葉市では午後6時過ぎには車が普通に走れていた道路が、その後急速に冠水していったことが報じられています。

「今走れている」という事実は、「30分後も走れる」という保証にはならないのです。

正常性バイアスを確証バイアスが補強する

さらに厄介なのが確証バイアスです。

一度、

「大丈夫だろう」

と判断すると、人間はその判断を支持する情報を探し始めます。

「前の車も走っている」

「対向車も来ている」

「まだ通行止めになっていない」

「雨も少し弱くなった」

こうした情報ばかりに目が向きます。

反対に、

「側溝から水があふれている」

「雨雲レーダーが真っ赤になっている」

「隣の市では道路が冠水している」

「避難情報が出ている」

といった、自分の判断を否定する情報は軽く扱われてしまいます。

災害時には、正常性バイアスによって「行動しない」と決めた後、その判断を正しいと思わせる情報ばかりを集めるようになり、確証バイアスによって危険情報がさらに軽視されることが指摘されています。

つまり、

正常性バイアス → 大丈夫だろう
確証バイアス → やっぱり大丈夫だ

というバイアスの連鎖が起きるのです。

「自分だけは大丈夫」という楽観性バイアス

もう一つ忘れてはいけないのが楽観性バイアスです。

「水没する車があることは知っている」

「千葉のニュースも見た」

「石川や富山で冠水していることも知っている」

しかし、

「自分の車が水没する」とは考えていない。

ここが重要です。

事故を起こそうと思って車を運転する人はいません。

熱中症になろうと思って炎天下を走る人もいません。

同じように、水没しようと思って冠水道路へ入る人もいません。

皆、

「自分は大丈夫」

と思っているから行動するのです。

さらに周囲の車が普通に走っていれば、同調性バイアスも働きます。

「みんな走っているから大丈夫だろう」

となります。

こうして複数のバイアスが重なることで、客観的には危険な状況でも、人の頭の中では「まだ大丈夫」という判断が作られてしまいます。

人間のリスク認知は、客観的な危険度と必ずしも一致しません。リスク認知バイアスとは、まさに客観的リスクと主観的リスクとのズレです。そして、その背景には素早く判断するためのヒューリスティックがあります。

バイアスは「知っている」だけでも意味がある

では、どうすればよいのでしょうか。

私は、まず認知バイアスについて教育することが必要だと考えています。

正常性バイアスを完全になくすことはできません。

確証バイアスも、楽観性バイアスも同じです。

これらは人間の脳に備わった自然な働きだからです。

重要なのは、

「今の自分は正常性バイアスにかかっていないか」

と、自分自身の思考を一段上から眺めることです。

これがメタ認知です。

そこで私が安全教育で推奨しているのが、

Stop ― Look ― Think

です。

Stop いったん止まる

「行けるだろう」と思った瞬間こそ、一度止まります。

Look 周囲を見る

自分に都合の良い情報だけではなく、

雨雲レーダーはどうか。
上流では何が起きているか。
道路の低い場所に水は集まっていないか。
自治体や気象庁は何を発表しているか。

反対の情報も意識して探します。

Think もう一度考える

「このまま進む必要が本当にあるのか」

「30分後も同じ状況だと言えるのか」

「もし自分の判断が間違っていたらどうなるのか」

と考えます。

これは単なる「注意しましょう」ではありません。

自分自身の判断を疑うための行動なのです。

しかし、危険が迫ってから考えていては遅い

ここでもう一歩進める必要があります。

災害時には不安や焦りによって認知できる範囲が狭くなります。

したがって、本当に危険が迫ってから、

「さあ、Stop-Look-Thinkしましょう」

では遅い場合があります。

災害心理学では、緊急時にはあえて「判断させない」という考え方も提唱されています。

つまり、

「この状態になったら、この行動をする」

と事前に決めておくのです。

これを「状況と行動のパッケージ化」と呼び、事前計画と反復訓練によって、緊急時には判断を挟まず行動できるようにする方法が示されています。

例えば、

「線状降水帯の発生情報が出たら不要な車移動はしない」

「自宅周辺のキキクルが危険域に入ったら車を高い場所へ移動する」

「道路に水がたまり始めたら絶対に進入しない」

「警戒レベル4になったら迷わず避難する」

という具合です。

これは、If-Thenルールにもなります。

「もし○○になったら、△△する」

と平常時に決めておけば、緊急時にバイアスと相談する必要がありません。

つまり、

平常時・予兆段階ではStop-Look-Think。
危険水準を超えたら、事前に決めた行動を迷わず実行する。

この二段構えが重要なのだと思います。

「他人の災害」を「自分の災害」に変える

今回、私が最も考えさせられたのはここです。

千葉の災害を見ても、

「千葉は大変だな」

で終わってしまえば、それは単なるニュースです。

石川や富山の災害を福井の人が見ても、

「隣県は大変だな」

で終われば、自分の行動は変わりません。

必要なのは、

「もし、これが自分の町だったら」

と考えることです。

千葉で水没した車の映像を見たら、

「自分ならどこへ車を移動させるか」

石川で河川が氾濫したニュースを見たら、

「自分の家の近くで最も危険な川はどこか」

まで考える。

ここまで行って初めて、他人の災害が自分の経験に近い知識へと変わります。

さらに家族や職場で、

「線状降水帯が発生したらどうする?」

と話し合っておくことも有効です。

身近な人からの声掛けや、周囲との関係づくりが正常性バイアスを抑える可能性も、災害心理学の研究では指摘されています。

災害を防ぐ最後の壁は「人の判断」である

堤防を造る。

排水設備を整える。

気象予測の精度を高める。

スマートフォンへ警報を送る。

もちろん、どれも重要です。

しかし、どれほど正確な情報を届けても、最後に、

「まだ大丈夫」

と人が判断してしまえば、行動にはつながりません。

気象庁も今回の福井県の大雨で、「特別警報を待ってからでは手遅れ」と呼びかけています。

だからこそ、防災教育には気象や避難についての知識だけでなく、

「人間は危険を正しく判断できないことがある」

という認知心理学の教育が必要なのです。

正常性バイアス。
確証バイアス。
楽観性バイアス。
同調性バイアス。

これらを知ったうえで、

Stop ― Look ― Think。

そして、

「もし○○になったら、△△する」

という行動を平常時に決めておく。

災害そのものを止めることはできません。

しかし、災害が発生したときの私たちの行動は変えることができます。

千葉で起きた災害を千葉だけの教訓にしない。

石川、富山、福井で起きた災害を北陸だけの教訓にしない。

他人の災害を、自分の行動を変える材料にする。

それこそが、同じ災害を繰り返さないための本当の「教訓」ではないでしょうか。

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