
エリック・ホルナゲル教授が提唱するSafety II(セーフティ・ツー)は、従来の安全管理の考え方であるSafety I(セーフティ・ワン)とは異なる、新しい安全の捉え方です。全く知らない方にも分かりやすいように、具体的に説明します。
Safety I(従来の安全管理)とは?
Safety Iは、これまでの主流だった安全管理の考え方で、主に「何がうまくいかないのか?」、つまり「失敗や事故の原因」を探し、それを取り除くことで安全性を高めようとします。
例えるなら、工場で製品の不良品が出た場合、Safety Iの考え方では「どの機械が故障したのか?」「作業員が手順を間違えたのか?」といった原因を特定し、機械の修理や作業手順の改善を行うことで不良品の発生を防ごうとします。
Safety Iの特徴は以下の通りです。
- 焦点: 事故や失敗といった「望ましくないこと」
- 考え方: 事故は単一または複数の原因が組み合わさって起こる
- 対策: 原因を取り除くこと、ルールや手順を厳格に守ること
- 目標: 事故や失敗の件数を減らすこと
Safety II(新しい安全管理)とは?
Safety IIは、Safety Iとは対照的に、「何がうまくいくのか?」、つまり「日常的にシステムがうまく機能しているのはなぜか?」という点に着目します。
例えば、同じ工場で不良品がほとんど出ない場合、Safety IIの考え方では「熟練の作業員はどのようなコツや工夫をしているのか?」「チーム内の連携はどのように行われているのか?」「予期せぬ事態が起きた際にどのように対応しているのか?」といった、日常的な成功の要因を探ります。そして、それらの要因をさらに強化することで、全体としての安全性を高めようとします。
Safety IIの特徴は以下の通りです。
- 焦点: 日常的な成功やうまく機能していること
- 考え方: 複雑なシステムでは予期せぬことが常に起こりうるが、人々や組織の柔軟な対応によって安全が保たれている
- 対策: うまくいくための能力(レジリエンス)を高めること、現場の知恵や工夫を活かすこと
- 目標: システム全体の適応力や回復力を高めること
Safety IIはSafety Iと共存する
Safety IIは、Safety Iを否定するものではありません。むしろ、Safety Iがこれまで培ってきた事故や失敗から学ぶという重要な視点を尊重しつつ、Safety IIの視点を加えることで、より包括的で強固な安全管理体制を構築することを目指します。
例えるなら、車の両輪のような関係です。Safety Iは事故を防ぐためのブレーキであり、Safety IIはスムーズに走行するためのアクセルのようなものです。どちらか一方だけでは安全な運転はできません。
具体的には、
- Safety I: 過去の事故分析に基づいてルールや手順を改善し、潜在的な危険源を特定・除去する。
- Safety II: 日常業務が円滑に進む要因を分析し、現場の対応力や学習能力を高める。
このように、両方の視点を持つことで、より多角的で効果的な安全管理が可能になります。
Safety IIへ向かうために必要なレジリエンスエンジニアリング
Safety IIの考え方を実践していく上で重要な概念がレジリエンスエンジニアリングです。レジリエンス(resilience)とは、「回復力」「復元力」「しなやかさ」といった意味を持つ言葉です。
レジリエンスエンジニアリングは、複雑なシステムが予期せぬ事態に遭遇しても、適切に対応し、影響を最小限に抑え、回復する能力を高めるためのアプローチです。
Safety IIへ向かうためには、以下の4つの能力を高めることが重要とされています。
- Monitor(監視する能力): システムの状態や変化を常に把握し、潜在的なリスクや異常の兆候を早期に捉える能力。
- Anticipate(予期する能力): 起こりうる事態を予測し、事前に対応策を検討する能力。過去の経験や知識、シミュレーションなどを活用します。
- Respond(対応する能力): 予期せぬ事態が発生した際に、迅速かつ適切に対応する能力。現場の判断力やチームワーク、利用可能なリソースなどが重要になります。
- Learn(学習する能力): 過去の成功や失敗、日常業務からの学びを活かし、システムの改善や個人の能力向上につなげる能力。振り返りや情報共有の仕組みが重要です。
これらのレジリエンスを高めるための具体的な取り組みとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 現場の意見や知恵を積極的に取り入れる: 現場の担当者は日常業務の中で多くの経験や知識を持っており、潜在的なリスクや改善点に気づいている可能性があります。
- 多様な状況下での訓練やシミュレーション: 予期せぬ事態への対応能力を高めるために、様々なシナリオを想定した訓練やシミュレーションを実施します。
- 情報共有の促進: 組織内での情報共有を円滑にし、成功事例や失敗事例、リスクに関する情報を共有することで、組織全体の学習能力を高めます。
- 柔軟な組織文化の醸成: 変化や予期せぬ事態に対して、柔軟に対応できるような組織文化を育てます。
Safety IIとレジリエンスエンジニアリングは、これからの複雑な社会において、より安全で持続可能なシステムを構築していくための重要な考え方と言えるでしょう。