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ガザ爆撃に思う ― 力なき者の声をどう届けるのか

ブログ

2025.08.28

 イスラエルによるガザへの爆撃が続いています。日々報じられる映像を見るたびに、胸が締めつけられるような思いになります。圧倒的な武力を持つ側が、戦闘機・ミサイル・戦車を用いて攻撃を行う。それに対し、力のない側が武力で抵抗すれば「テロ」と非難される。言葉の使われ方そのものに、国際社会の不公平さが表れています。

では、力なき人々はどうすれば良いのでしょうか。答えは一つしかありません。武力ではなく、ペンの力、人の力、文化の力で訴え続けることです。しかし、それには膨大な時間と犠牲が伴います。

 かつてユダヤ人はホロコーストという大虐殺を経験しました。弱者として虐げられた歴史を持ちながら、いま同じようにガザの人々を苦しめている現実に、私は深い幻滅を覚えます。本来なら、その痛みを誰よりも理解できるはずの民族が、同じ過ちを繰り返している。ここに最大の矛盾があります。

 もちろん、イスラエルのすべての人々が戦争を望んでいるわけではありません。国内にも停戦を求める声は確かに存在します。しかし、それが国家の政策を変える力にならなければ、国際社会から見ればロシアと同じ「声なき反対派がいる国」に過ぎません。

 だからこそ、国際社会はより強い姿勢を取るべきです。そして日本国政府も例外ではありません。虐殺が起こるたびに声明を出し、「見ているぞ」というメッセージを送り続けること。それが日本という国の役割です。場合によっては、大使召還という外交的手段を取る覚悟も必要ではないでしょうか。

 暴力に対して沈黙することは、暴力を認めることに等しい。力なき人々の声を代弁し、世界に伝えるのは、私たち一人ひとりの責任だと思います。

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