
――安全行動を左右する「切り離す力」――
安全の分野では、システム1・システム2やヒューリスティックといった考え方がよく使われます。
「人は無意識に判断する」「考えずに動いてしまう」
これは、現場の安全を考えるうえで、とても重要な視点です。
しかし最近、私はあらためて カール・グスタフ・ユング の心理学に注目しています。
それは、人がなぜ同じ危険行動を繰り返してしまうのか、その“心の仕組み”を深いところから説明してくれるからです。
目次
ユング心理学が教えてくれる「切り離す」という考え方
ユング心理学では、人の心を大きく
- 意識
- 無意識
に分けて考えます。
ここで重要なのが、
「都合の悪い体験や感情を、意識から切り離して無意識に送る」
という心の働きです。
これは決して特別なことではありません。
むしろ、人が日常的に行っている、ごく自然な心の防衛反応です。
停止線を無視する行為に潜む心理
具体例で考えてみましょう。
交差点で、
- つい停止線を越えて進入してしまった
- その瞬間、「やっちまった」と感じた
多くの人は、ここで一瞬ヒヤッとします。
しかし次の瞬間、
- 事故は起きなかった
- 叱られなかった
- 特に問題は起きなかった
こうした結果になると、人の心はどう動くでしょうか。

「やっちまった」を切り離すと何が起きるか
本来であれば、
「危なかった。次は必ず止まろう」
と意識に残し、行動を修正することが大切です。
ところが人は、
その不快な感情――
「怖かった」「危なかった」「失敗した」
を、無意識に切り離してしまうことがあります。
すると、
- 「やっちまった」という感覚は薄れる
- 意識には残らない
- 学習につながらない
結果として、
次も同じ行動を繰り返すことになります。
繰り返しが「経験則」をつくる
この行動が何度も繰り返されると、心の中では次のような経験則ができあがります。
「停止線って、止まらなくても案外大丈夫」
これは、意識的にそう考えているわけではありません。
無意識の中で形成された“行動のクセ”です。
そしてこの無意識のクセこそが、
事故やヒヤリハットの温床になります。
なぜ今、ユング心理学なのか
システム1・システム2やヒューリスティックは、
「人はなぜ間違えるのか」を教えてくれます。
一方、ユング心理学は、
「なぜその間違いが修正されないのか」
「なぜ同じ行動が定着してしまうのか」
を教えてくれます。
そのカギが、
切り離し(無意識への押し込み)です。
安全のために必要なのは「切り離さない力」
安全行動を定着させるために大切なのは、
- ヒヤッとした感覚
- 「やっちまった」という気づき
これを
切り離さず、意識にとどめることです。
そして、
「なぜそうなったのか」
「次はどう行動するのか」
を、言葉にして振り返ること。
この小さな積み重ねが、
無意識のクセを書き換え、
本当の意味での安全行動につながっていきます。