
――なぜ人は危険を見過ごしてしまうのか
私たちは毎日、車を運転し、現場に入り、機械を動かしています。
そのたびに「今日は事故に遭うかもしれない」と思いながら行動している人は、ほとんどいないでしょう。
それは決して不真面目だからではありません。
人間の脳には「正常性バイアス」という、ごく自然な心の働きがあるからです。
正常性バイアスは悪者ではない
正常性バイアスとは、
「いつも通りだから大丈夫」
「今まで問題なかったから今回も大丈夫」
と考えてしまう心のクセのことです。
たとえば、朝に車を運転するとき、
「事故に遭うかもしれない」と毎回本気で考えていたら、怖くて運転できません。
つまり、正常性バイアスは
私たちが安心して日常生活を送るために必要な心の仕組み でもあります。
だから、正常性バイアスそのものは悪いものではありません。
問題は――
危険な場面でも同じように働いてしまうこと です。
危険なときに働く正常性バイアスが事故を生む
現場では、こんな場面がよくあります。
- 少し不安を感じたけど「まあ大丈夫だろう」と作業を続けた
- いつも通りの手順だから確認を省いた
- ヒヤリとしたけど「気のせい」と流してしまった
このとき、頭の中では正常性バイアスが働いています。
「大げさに考えなくていい」
「いつも通りやれば問題ない」
こうして本来向き合うべき危険から、目をそらしてしまうのです。
ここで関係してくる「心の切り離し」
ユング心理学でいう「切り離し」とは、
不安や違和感を意識の外に追いやってしまう心の働き
のことです。
人は不安を感じると、無意識のうちにそれを見ないようにします。
- 見なければ楽になる
- 考えなければ不安にならない
- 気にしなければ仕事は進む
こうして心は、危険なサインを意識から切り離してしまいます。
すると、
「ちょっと危ないかも…」
という感覚そのものが消えてしまうのです。
ここに正常性バイアスが重なると、
「大丈夫に決まっている」
「気にする必要はない」
という思考が完成します。
これが事故につながる典型的な心理パターンです。
心の切り離しに気づくことが、安全の第一歩
大切なのは、正常性バイアスをなくすことではありません。
それは不可能ですし、必要もありません。
大切なのは、
「今、自分は切り離していないか?」と気づけること
です。
- ちょっとした違和感
- なんとなく嫌な感じ
- いつもと違う感覚
これらはすべて、心からの危険信号です。
その信号を
「気のせい」で切り捨てず、
「立ち止まる理由」に変える。
それが本当の安全行動です。
安全とは、心の使い方で決まる
事故は、機械だけが原因で起きるわけではありません。
環境だけが原因でもありません。
その多くは、
人の心の動きの中で静かに始まっています。
正常性バイアス
心の切り離し
無意識の判断
これらを知ることは、
「自分を守る技術」を身につけることでもあります。
安全とは、注意力ではなく、
自分の心に気づく力 なのです。