
「安全第一」「不安全行動の撲滅」 現場には、耳にタコができるほどこの言葉が溢れています。 しかし、これほど叫ばれているのに、なぜ「掘削面を飛び越える」ような行動はなくならないのでしょうか。
各災害防止協会の講習を受けても、語られるのは「規則」や「手順」の話ばかり。 肝心の「なぜ、人間はそのような行動をしてしまうのか?」という、人間のOS(心理構造)に触れる議論が驚くほど少ない。これが今の安全コンサルティング界の、そして日本の産業界の限界だと私は感じています。
■ 「本能」は言葉では抑え込めない
昨日のパトロールでも、ある光景を目にしました。 掘削作業。掘削が先行し、安全設備(手すり)の設置が後回しになっている。その結果、作業員が掘削面をヒョイと飛び越えて移動していました。
これを見て「ルールを守れ!」と怒鳴るのは簡単です。 しかし、心理学の視点で見れば、これは極めて「人間らしい」行動です。 人間には、最短距離で動こうとする「近道本能」があります。脳は常に省エネを求め、効率的なショートカット(ヒューリスティック)を選択するようにプログラミングされているからです。
本能は、言葉では抑え込めません。 どれだけ「安全」と書かれた看板を立てても、脳の深い部分にある生存本能としての「効率性」には勝てないのです。
■ 安全を「精神論」から「脳の習慣」へ
私が職長教育で伝えているのは、規則の遵守ではなく「良いヒューリスティック(直感的判断)を育てること」です。
職長が急いで手順を飛ばせば、それを見た若手の脳には「これが正解だ」という負の回路が刻まれます。逆に、どんなに忙しくても「まず設備を整える」という姿を見せ続ければ、それが若手の脳にとっての「当たり前(自動的な反応)」になります。
安全とは、ルールを覚えることではありません。 「無意識のバイアス」や「本能のクセ」を理解した上で、それが出ないような環境を整え、良い行動を「脳の回路」として定着させる作業なのです。
■ 「人を知る」ことから始めよう
このコメントを書く前に、アメリカの心理学者ジェシカ・ノーデル著『無意識のバイアスを克服する』を読んでいました。そこにはアメリカの警察における人種差別のバイアスがどのように悲惨なもか、それを克服するにはが書かれていました。バイアスを克服するのも、日本の現場の不安全行動も、根っこにあるのは「人間の脳の仕組み」です。
今、安全に関わる人間に求められているのは、マニュアルを読み上げることではなく、目の前の「人間」という生き物を深く知ることではないでしょうか。
心理学を学ぶ安全コンサルタントが少ない現状は、日本の安全文化がまだ「表面的な言葉」に留まっている証拠かもしれません。私はこれからも、この「人間理解」という土台から、現場の安全を問い直していきたいと考えています。