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ヒヤリハットが「ない現場」は本当に安全なのか

ブログ

2026.03.29

――危険感受性と「切り離し」の関係――

現場でよくあるやり取りがあります。

「ヒヤリハットはありませんか?」

すると、多くの現場で返ってくるのは、

「特にありません」

という言葉です。

しかし一方で、別の現場では、

  • 「さっき少し躓きました」
  • 「資材に頭を軽くぶつけました」
  • 「足元が滑ってヒヤッとしました」

といった、ほんの些細なことまで発信されます。

この違いはどこにあるのでしょうか。


違いは「危険感受性」にある

ヒヤリハットが出る現場と、出ない現場。
その差は、単に出来事の有無ではありません。

👉 危険を「危険として感じているかどうか」

つまり、危険感受性の違いです。

同じ「滑った」という出来事でも、

  • 「まあ大丈夫だった」で終わる現場
  • 「滑って危なかった」と捉える現場

では、その後の行動が大きく変わります。


「ヒヤリ」が消える瞬間

ここで重要なのが「切り離し」です。

人は本来、

  • 滑った
  • 躓いた
  • ぶつけた

といった瞬間に、必ず「ヒヤリ」と感じています。

しかしその直後、

  • 大したことはない
  • ケガしていないから問題ない
  • 忙しいから流そう

と考え、

👉 その感覚を意識から追い出してしまう

これが切り離しです。

するとどうなるか。

👉 ヒヤリハットは「なかったこと」になります


発信がある現場で起きていること

一方、ヒヤリハットがよく出る現場では何が起きているのか。

そこでは、

👉 ヒヤリを切り離さず、そのまま意識にのせている

のです。

例えば、

  • 「滑って危なかった」
  • 「なぜ滑ったのか?」
  • 「でも転ばなかったのはなぜか?」

と、出来事をそのまま受け止め、さらに一歩踏み込んで考えます。

ここで重要なのは、

👉 “なぜ転ばなかったのか”まで考えていること

です。

これは、

  • 靴のグリップが効いたのか
  • 手すりを持っていたからか
  • 足の出し方がよかったのか

といった、**うまくいった要因(安全側の要因)**にも目を向けているということです。

この思考の連鎖は、
最初の「ヒヤリ」を切り離さなかったからこそ生まれます。


ヒヤリハットが出ない現場の本当の問題

ヒヤリハットが出ない現場は、一見すると「安全」に見えます。

しかし実際には、

👉 危険に対する感度が下がっている可能性がある

のです。

  • 危険を感じていない
  • 感じてもすぐに切り離している
  • だから言葉にならない

この状態では、

👉 事故の“芽”が見えなくなります

そして見えないまま、ある日突然、事故として表面化します。


まずは「切り離さない」ことから始める

では、どうすればよいのでしょうか。

最初にやるべきことは、とてもシンプルです。

👉 少しでも「危ない」と感じたら、切り離さないこと

  • つまずいた
  • 滑った
  • 違和感があった

その瞬間の感覚を、

👉 「なかったことにしない」

これだけで変わります。


「小さなヒヤリ」を大切にする現場が強い

安全な現場とは、大きな事故がない現場ではありません。

👉 小さなヒヤリが“見える現場”です

  • 些細なことでも言える
  • そのまま共有できる
  • みんなで考えられる

この積み重ねが、事故を未然に防ぎます。

逆に、

👉 ヒヤリが出てこない現場ほど危ない

という見方も必要です。


おわりに

ヒヤリハットは、「報告するためのもの」ではありません。
本来は、

👉 危険に気づく力(危険感受性)そのもの

です。

そしてその出発点は、

👉 感じたことを切り離さず、意識にのせること

です。

まずは、小さな違和感を大切にすること。
「これくらい大丈夫」と流さないこと。

そこから、安全な現場はつくられていきます。

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