
目次
――危険感受性と「切り離し」の関係――
現場でよくあるやり取りがあります。
「ヒヤリハットはありませんか?」
すると、多くの現場で返ってくるのは、
「特にありません」
という言葉です。
しかし一方で、別の現場では、
- 「さっき少し躓きました」
- 「資材に頭を軽くぶつけました」
- 「足元が滑ってヒヤッとしました」
といった、ほんの些細なことまで発信されます。
この違いはどこにあるのでしょうか。
違いは「危険感受性」にある
ヒヤリハットが出る現場と、出ない現場。
その差は、単に出来事の有無ではありません。
👉 危険を「危険として感じているかどうか」
つまり、危険感受性の違いです。
同じ「滑った」という出来事でも、
- 「まあ大丈夫だった」で終わる現場
- 「滑って危なかった」と捉える現場
では、その後の行動が大きく変わります。
「ヒヤリ」が消える瞬間
ここで重要なのが「切り離し」です。
人は本来、
- 滑った
- 躓いた
- ぶつけた
といった瞬間に、必ず「ヒヤリ」と感じています。
しかしその直後、
- 大したことはない
- ケガしていないから問題ない
- 忙しいから流そう
と考え、
👉 その感覚を意識から追い出してしまう
これが切り離しです。
するとどうなるか。
👉 ヒヤリハットは「なかったこと」になります
発信がある現場で起きていること
一方、ヒヤリハットがよく出る現場では何が起きているのか。
そこでは、
👉 ヒヤリを切り離さず、そのまま意識にのせている
のです。
例えば、
- 「滑って危なかった」
- 「なぜ滑ったのか?」
- 「でも転ばなかったのはなぜか?」
と、出来事をそのまま受け止め、さらに一歩踏み込んで考えます。
ここで重要なのは、
👉 “なぜ転ばなかったのか”まで考えていること
です。
これは、
- 靴のグリップが効いたのか
- 手すりを持っていたからか
- 足の出し方がよかったのか
といった、**うまくいった要因(安全側の要因)**にも目を向けているということです。
この思考の連鎖は、
最初の「ヒヤリ」を切り離さなかったからこそ生まれます。
ヒヤリハットが出ない現場の本当の問題
ヒヤリハットが出ない現場は、一見すると「安全」に見えます。
しかし実際には、
👉 危険に対する感度が下がっている可能性がある
のです。
- 危険を感じていない
- 感じてもすぐに切り離している
- だから言葉にならない
この状態では、
👉 事故の“芽”が見えなくなります
そして見えないまま、ある日突然、事故として表面化します。
まずは「切り離さない」ことから始める
では、どうすればよいのでしょうか。
最初にやるべきことは、とてもシンプルです。
👉 少しでも「危ない」と感じたら、切り離さないこと
- つまずいた
- 滑った
- 違和感があった
その瞬間の感覚を、
👉 「なかったことにしない」
これだけで変わります。
「小さなヒヤリ」を大切にする現場が強い
安全な現場とは、大きな事故がない現場ではありません。
👉 小さなヒヤリが“見える現場”です
- 些細なことでも言える
- そのまま共有できる
- みんなで考えられる
この積み重ねが、事故を未然に防ぎます。
逆に、
👉 ヒヤリが出てこない現場ほど危ない
という見方も必要です。
おわりに
ヒヤリハットは、「報告するためのもの」ではありません。
本来は、
👉 危険に気づく力(危険感受性)そのもの
です。
そしてその出発点は、
👉 感じたことを切り離さず、意識にのせること
です。
まずは、小さな違和感を大切にすること。
「これくらい大丈夫」と流さないこと。
そこから、安全な現場はつくられていきます。