
― 電車の座席から考える「周囲を見る力」―
通勤で神戸電鉄を利用しています。
私が乗る電車の座席は、最近よくある一人ひとりの位置がくぼんだバケットシートではありません。しかし、座席の長さから見れば、明らかに4人が座れるようになっています。
私はいつも、その4人掛けの継ぎ目の端に座ります。
理由は簡単で、真ん中あたりにエアコンがあることと、端に座れば後から来た人も座りやすいからです。
今日も、いつものような場所に座っていました。
乗客が増えてくると、多くの人は自然に少し詰めます。誰かに「詰めてください」と言われるわけではありません。
ところが、一人の体格の大きな男性が、ちょうど二人分の真ん中あたりに座っていました。
これでは左右に一人ずつ座ることはできても、本来4人座れるところに3人しか座れません。
隣に座っていた人も、その男性の方を見ながら、少し首をかしげています。
「何しているの?」
そんな表情に私には見えました。
私はその光景を見ながら考えました。
なぜ、多くの人が自然にできることを、この人はしないのだろう。
「4人掛け」と書いていなくても分かる
電車の座席には、「ここからここまでがあなたの場所です」と線が引かれているわけではありません。
それでも多くの人は、座席の長さや周囲の人の座り方から、
「ここは4人で座る場所だな」
と判断します。
そして、人が増えてくれば少し詰めます。
これは社会の中で身につけてきた社会的規範による行動と考えることができます。
誰かから命令されなくても、周囲を見ながら、
「こうした方がいいだろう」
と自分の行動を調整しているのです。
ところが、この調整には一つ重要な条件があります。
周囲を見ていなければならない。
人が増えてきた。
座る場所を探している人がいる。
隣の人が窮屈そうにしている。
こうした情報を拾い、それを自分の行動につなげなければなりません。
見えていても「認知」しているとは限らない
ここが心理学の面白いところです。
目に入っていることと、それを意味のある情報として認知していることは同じではありません。
電車に人がたくさん乗ってきている。
隣の人がこちらを見ている。
空いている座席を探している人がいる。
これらが目に入っていたとしても、
「だから、自分が少し移動しよう」
というところまで認知が進まなければ、行動は変わりません。
人間は周囲にあるすべての情報を処理しているわけではありません。
私たちの認知能力には限界があり、限られた情報の中で判断しています。心理学では、このような人間の判断を「限定合理性」という考え方から捉えることがあります。
また、人間は膨大な情報を一つひとつ丁寧に処理するのではなく、簡略化された思考、つまりヒューリスティックを使っています。
ヒューリスティックは悪いものではありません。
素早く判断するためには必要な、人間の優れた仕組みでもあります。
しかし、その判断が現在の状況と合わなくなったときに問題が起こります。
「最初は大丈夫だった」が続いてしまう
たとえば、その男性が座ったときには電車が空いていたのかもしれません。
そのとき、
「空いているから真ん中に座ろう」
という判断には、特に問題はありません。
しかし、駅に停車するたびに乗客が増えてきます。
つまり、環境が変化しています。
それなのに自分の座る位置を変えなければ、
「最初は問題なかった行動を、環境が変わっても続けている」
ことになります。
私はここに、安全管理との共通点を感じます。
建設現場でも同じことが起きる
建設現場は常に変化しています。
朝は問題なかった通路に資材が置かれる。
午前中はいなかった重機が午後から動き始める。
風が強くなる。
雨が降る。
別の職種が近くで作業を始める。
同じ場所で同じ作業をしていても、周囲の環境は変化します。
ところが、
「朝からこの方法でやっているから大丈夫」
「さっきまで問題なかった」
「いつもこうしている」
と、自分の行動を変えなければ、リスクは高くなります。
人間のリスク認知には、慣れたものや理解していると思っているもののリスクを小さく評価しやすい傾向があります。リスク認知バイアスについての研究でも、「なじみ」はリスクを小さく評価する方向に働く可能性が指摘されています。
また、認知バイアスは人間の「欠陥」ではありません。限られた認知資源の中で効率よく生活するための自然な仕組みでもあります。
だからこそ、
「気をつけろ」だけでは十分ではない
のです。
行動は「人」と「環境」で決まる
私は安全を考えるとき、クルト・レヴィンの考え方をよく使います。
B=f(P,E)
BはBehavior、行動。
PはPerson、人。
EはEnvironment、環境です。
つまり、
行動は、その人と、その人を取り巻く環境との関係によって生まれる。
電車の4人掛け座席でも同じです。
同じ座席に座っていても、人によって行動は違います。
そして乗客が増えるという環境の変化に気づけば、多くの人は自分の座る位置を少し変えます。
重要なのは、
環境が変わったとき、自分の行動も変えられるか。
ということです。
必要なのは「自分を外から見る力」
そこで大切になるのが、私が安全教育でも繰り返し伝えているメタ認知です。
「私は今、どんな座り方をしているのだろう」
「周囲の人から見ればどう見えるだろう」
「状況が変わっているのに、さっきと同じ行動を続けていないだろうか」
ほんの少し、自分を外から眺めてみる。
それだけで行動は変わります。
私はこれを、
Stop ― Look ― Think
で考えています。
Stop
一度、自分の行動を止める。
Look
自分と周囲の状況を見る。
Think
今の行動のままでよいのか考える。
電車の座席なら、ほんの数秒のことです。
少し横に移動するだけです。
しかし、この小さな行動の中にも、周囲を見る力、環境の変化を認知する力、そして自分の行動を修正する力が表れています。
電車の座席から安全を考える
今回見かけた男性が、なぜ二人分の真ん中に座っていたのか、本当の理由は本人に聞かなければ分かりません。
ですから、
「この人は自分勝手だ」
と決めつけることも、一つのバイアスになりかねません。
私が面白いと思ったのは、そこではありません。
同じ環境にいても、周囲の変化を読み取って行動を変える人と、変えない人がいる。
ということです。
これは電車の座席だけの話ではありません。
仕事でも、建設現場でも同じです。
自分の作業だけを見るのではなく、周囲を見る。
環境が変わったことに気づく。
そして必要なら、自分の行動を変える。
安全とは、決められたルールを守ることだけではありません。
変化する環境を見ながら、自分の行動を調整することも安全行動です。
4人掛けの電車の座席。
何気ない日常の光景ですが、そこにも人間の認知と行動、そして安全を考えるヒントが隠れていました。