
先日、阪神三宮駅から地下鉄へ向かう通路を歩いていた時のことです。
現在、JR三ノ宮駅周辺では工事が行われていることもあり、地下鉄と阪神三宮を結ぶ通路には多くの人が行き交っています。
そんな中、一人の男性がスマートフォンを操作していました。
スマホを見ること自体は何の問題もありません。
私が「なぜ?」と思ったのは、その人が立っていた場所です。
人が行き交う通路側の壁際に立っているのです。
少し周囲を見れば、ほとんど人が通らない場所があります。
ほんの2,3歩移動すれば、誰の邪魔にもならずスマホを見ることができます。
それなのに、なぜ人が通る場所で立ち止まるのでしょう。
私が周りを見過ぎているのか?
こういう場面に出会うと、時々考えます。
「私が周りを見過ぎているのだろうか」と。
私は歩いている時、かなり周囲を見ています。
前から誰が来ているのか。後ろから速く歩いてくる人はいないか。自分がどこを歩けば人の流れを邪魔しないか。
これは安全を仕事にしているから身についた習慣なのかもしれません。
心理学的に考えると、私はシステム2をよく使っているのではないか、とも考えました。
しかし、もう少し考えると少し違うようです。
最初は意識して行っていた周囲への注意が、長年繰り返すことで習慣化され、今ではかなり自動的にできるようになっているのでしょう。
つまり、システム2で繰り返した行動が、システム1でもできるようになったとも考えられます。
「スマホを見る」で思考が終わっている
では、通路でスマホを操作していた男性は何を考えていたのでしょうか。
もちろん本人に聞いたわけではありませんから、本当のところは分かりません。
ただ、一つの可能性として、
「スマホを確認したい」
↓
「立ち止まる」
↓
「スマホを見る」
ここで思考が終わっていたのではないでしょうか。
本人の目的は達成されています。
しかし、その次の、
「ここで止まったら邪魔にならないか」
「人は後ろから来ていないか」
「もう少し横へ移動した方がよくないか」
という思考がありません。
人間の認知資源には限界があります。そのため、私たちはすべての情報を一つひとつ丁寧に処理しているわけではなく、日常では簡略化されたヒューリスティックな判断を多用しています。
これは決して悪いことではありません。
むしろ、膨大な情報のすべてを処理しなくて済むようにする、人間に必要な仕組みです。
しかし、その便利な仕組みが、ときとして周囲への注意を失わせます。
大切なのは「自分を見る」こと
ここで重要になるのがメタ認知です。
メタ認知とは簡単に言えば、「自分自身を一段上から見る」ことです。
通路を上から眺めているようなイメージをしてみてください。
大勢の人が流れています。
そして、その真ん中付近にスマホを操作して立ち止まっている自分がいる。
その光景を見ることができれば、
「あれ?私、邪魔になっているな」
と気づくことができます。
つまり、「周りを見る」とは、人や車や障害物を見ることだけではありません。
周囲の中にいる自分自身を見ることも「周りを見る」なのです。
建設現場でも同じことが起きている
この話は、安全管理にもそのまま当てはまります。
「ちょっとだけだから」と工具を通路に置く。
「あとで使うから」と資材を通路にはみ出して置く。
「すぐ戻るから」と邪魔になる場所に台車を置く。
置いた本人からすると、それぞれ理由があります。
そして自分の目的だけを考えれば、何の問題もありません。
しかし、そこを次に通る人から見るとどうでしょう。
工具につまずくかもしれない。
資材を避けるために危険な場所へ出るかもしれない。
台車によって通路が狭くなり、人と人が接触するかもしれません。
自分の行動は、自分だけで完結していないのです。
自分自身も「環境」の一部である
ここで思い出すのが、心理学者クルト・レヴィンの有名な式です。
B=f(P,E)
Behavior(行動)は、Person(人)とEnvironment(環境)の関数として決まる、という考え方です。
私たちは普通、「環境」と聞くと、設備、通路、明るさ、騒音、気温などを考えます。
しかし、少し視点を変えてみましょう。
他人から見れば、私自身も環境の一部です。
通路に立っている私。
資材を置いた私。
工具を放置した私。
私の行動によって、他の人が置かれている環境は変化します。
安全を考える時、この視点は非常に重要だと思います。
Stop-Look-Thinkで自分を見る
そこで私が大切にしている、
Stop-Look-Think
です。
Stop ― いったん止まる。
Look ― 周囲を見る。そして、その中にいる自分も見る。
Think ― 自分の行動が周囲の人にどのような影響を与えるか考える。
難しいことではありません。
ほんの数秒です。
スマホを見るために立ち止まる時でも、
「ここでいいかな?」
と一度周囲を見る。
それだけで、人の流れを邪魔しない場所を選べるかもしれません。
建設現場でも同じです。
「ここに置いていいかな?」
「誰かが通ったらどうなる?」
「この状態を知らない人が来たら?」
そう考えるだけで、危険に気づく可能性は大きくなります。
「周りを見る」のもう一つの意味
今回、三宮の通路でスマホを操作する男性を見て、最初は単純に、
「なぜ、そこで立ち止まるのだろう?」
と思いました。
しかし、考えていくと、これは安全を考える上で非常に重要な問題につながりました。
周りを見ることは、単に周囲の状況を確認することではありません。
自分が周囲にどのような影響を与えているのかを見ることでもあります。
危険を見つける。
人を見る。
設備を見る。
環境を見る。
そして最後に、
その環境の中にいる「自分」を見る。
安全行動の第一歩は、案外ここにあるのかもしれません。