
優秀な人が一人いれば、安全な現場になるのか
これまで3回にわたり、レジリエンスの基本的な考え方と、それを支える「予測・監視・対応・学習」の4つの能力について説明してきました。
ここで一つ考えてみたいことがあります。
経験豊富で、先を読む力があり、どのような状況にも適切に対応できる優秀な現場所長が一人いれば、その現場は安全になるのでしょうか。
確かに、現場所長の判断力は現場の安全を大きく左右します。しかし、どれほど優秀な所長であっても、現場のすべてを見ることはできません。
建設現場では、多くの協力会社が、それぞれ異なる作業を行っています。作業場所も違えば、使用する機械や設備も異なります。現場の細かな変化に最初に気づくのは、実際に作業をしている人であることも少なくありません。
つまり、レジリエンスは一人の優秀な人に頼るのではなく、現場で働く人たちが力を合わせて発揮することが重要なのです。
現場の変化を最初に知るのは誰か
例えば、足場上で作業している作業員が、いつもと違う揺れを感じたとします。
その変化に最初に気づくのは、現場事務所にいる元請の担当者ではなく、足場を使っている作業員でしょう。
このとき、「少し揺れるけれど、作業はできるだろう」と考えて続けるのか、それとも作業を止めて職長に伝えるのかによって、その後の状況は変わります。
作業員が異常を伝え、職長が状況を確認し、必要に応じて元請や足場の管理者と相談する。そして、安全が確認できるまで作業を再開しない。
この一連の流れには、監視する力、予測する力、対応する力が含まれています。
さらに、なぜそのような状態になったのかを調べ、ほかの足場にも同じ問題がないか確認すれば、学習する力にもつながります。
一人の作業員が気づいた小さな変化を、職場全体の安全につなげることができるのです。
作業間の連絡・調整は組織のレジリエンス
建設現場では、通常、前日の昼前後に元請の担当者と各協力会社の安全衛生責任者などが集まり、翌日の作業について連絡・調整を行います。
午前中の進捗を確認し、翌日の作業内容や作業場所、ほかの業者との作業の重なりなどを話し合います。
この活動をレジリエンスの視点から考えると、非常に重要な意味を持っていることが分かります。
各協力会社が自分たちの作業だけを考えていては、現場全体の危険を十分に把握できません。
例えば、ある業者が高所で作業し、その下で別の業者が作業する予定になっていれば、上下作業による危険が生じます。
そこで、作業時間を変更する、作業場所を区分するなど、関係者で調整します。
これは、現場全体で危険を予測し、安全に作業できる条件を整える活動です。
しかし、前日に調整した内容が、当日になって変更されることもあります。その場合には、関係する職長や元請の担当者が情報を共有し、必要な再調整を行わなければなりません。
計画を立てるだけでなく、計画と現実の違いに気づき、現場全体で対応できることが、組織のレジリエンスなのです。
心理的安全性がなければ、情報は集まらない
ここで、これまでにも取り上げてきた「心理的安全性」が重要になります。
心理的安全性とは、分からないことを質問したり、問題を報告したりしても、不当に責められたり、恥をかかされたりしないと感じられる職場の状態です。
例えば、若い作業員が作業中に危険な状態を見つけたとします。
しかし、「こんなことを報告したら怒られるのではないか」「自分の勘違いだったら恥ずかしい」と考え、報告をためらってしまうかもしれません。
その結果、重要な情報が職長や元請に伝わらなければ、適切な対応を取ることができません。
反対に、気づいたことを安心して伝えられる職場であれば、小さな変化や危険の兆候が共有されやすくなります。
私は、安全文化を育てるうえで、心理的安全性は欠かせないものだと考えています。
ただし、心理的安全性とは、危険な行動やルール違反を見逃すことではありません。
不安全行動があれば、その危険性を理解できるように指導する必要があります。同時に、危険を報告したことや、分からないことを質問したことまで責めてはいけません。
危険な行動には厳しく向き合い、危険を伝える行動は大切にする。
この区別ができる職場では、必要な情報が集まり、レジリエンスの4つの能力を発揮しやすくなります。
成功した経験を共有することも大切
組織のレジリエンスを高めるためには、事故やヒヤリハットから学ぶだけでは十分ではありません。
水曜日にも説明したように、安全に仕事が進んだ経験から学ぶことも重要です。
例えば、資材搬入が予定より遅れたものの、関係者が早めに情報を共有し、作業順序を変更することで、安全に仕事を進められたとします。
そのとき、「予定が変わったけれど、何とか終わった」で済ませるのではなく、なぜうまく対応できたのかを振り返ってみるのです。
誰が最初に変化に気づいたのか。どのように情報を伝えたのか。作業の変更を誰が判断し、どのように周知したのか。
こうしたことを共有すれば、ほかの職長や作業員も同じような状況に備えることができます。
私は、安全管理では事故の原因を調べることに多くの時間を使う一方で、日々の仕事がなぜ安全に進んでいるのかを考える機会が少ないと感じています。
しかし、普段の仕事の中には、作業員や職長の小さな工夫、先を読んだ判断、周囲への気配りが数多く存在します。
そうした行動を見つけ、認め、共有することが、組織全体の学習につながるのです。
レジリエンスを育てるのは日々の積み重ね
では、レジリエンスの高い職場をつくるためには、何が必要なのでしょうか。
私は、特別な教育を一度実施するだけでは不十分だと考えています。
前日の作業間の連絡・調整で、翌日の危険をしっかり考える。当日の朝礼で注意事項を作業員全員に伝える。作業中に状況が変われば、職長や元請に報告し、必要な調整を行う。そして、一日の仕事を振り返り、うまくいったことや改善すべきことを次に生かす。
こうした日々の活動の中に、予測・監視・対応・学習の4つの能力を組み込んでいくことが大切なのです。
また、現場の責任者には、作業員が危険に気づいたときに無理なく作業を止められる環境や、相談できる時間と体制を整える役割があります。
「危ないと思ったら止めなさい」と言うだけではなく、実際に止めた人が不利益を受けないことも重要です。
福島第二原子力発電所に見る心理的安全性と組織のレジリエンス
2011年の東日本大震災では、東京電力の福島第二原子力発電所も地震と津波によって大きな被害を受けました。しかし、厳しい状況の中で関係者が力を合わせ、原子炉を安定した状態に導くことができました。
この事例は、心理的安全性の研究で知られるエイミー・エドモンドソン教授も取り上げています。
私が特に注目しているのは、発電所長の判断と、その後の組織の行動です。
震災対応が進む中で、現場の状況が次第に明らかになり、それまでの指示では適切に対応できないことが分かってきました。
そこで所長は、従来の指示が間違っていたことを全員の前で認め、新たな方針を示したとされています。
私は、この行動に心理的安全性の本質が表れていると考えています。
組織のトップが自分の判断の誤りを認めることは、決して簡単ではありません。しかし、間違いを隠したり、従来の方針に固執したりすれば、状況はさらに悪化する可能性があります。
所長が自ら誤りを認め、方針を変更したことで、現場の人々も新たな方向に向かって力を合わせることができたのでしょう。
そこには、現場の変化に気づく作業員、情報を集めて判断する管理者、そして全体の状況を把握して方針を決める所長という、それぞれの役割がありました。
レジリエンスの4つの能力から考えると、現場の状態を把握する「監視」、今後の危険を考える「予測」、方針を変更して行動する「対応」、それまでの判断を見直す「学習」が働いていたと捉えることができます。
組織のレジリエンスとは、一人の優秀なリーダーがすべてを解決することではありません。一人ひとりが持つ能力を、組織全体の力として発揮できることなのです。
そして、そのためには、部下が上司に問題を伝えられること、上司が部下の意見に耳を傾けること、間違いが分かれば立場に関係なく修正できることが必要です。
私は、このような関係を支える心理的安全性が、組織のレジリエンスを高める重要な条件になると考えています。
建設現場でも同じことがいえます。現場所長が決めた作業計画であっても、現場の状況が変われば見直す必要があります。作業員や職長から危険を指摘されたとき、所長がそれを素直に受け止め、必要なら自分の判断を変更する。
そのような行動が当たり前になっている職場こそ、変化に強い、安全な職場ではないでしょうか。
安全文化とレジリエンスはつながっている
私は、安全文化とは、そこで働く人たちが、特別に意識しなくても安全な行動を選ぶことが普通になっている状態だと考えています。
そのような職場では、危険に気づけば報告すること、分からなければ質問すること、状況が変われば作業を見直すことが、日常の行動として定着していきます。
これこそ、レジリエンスを発揮しやすい職場の姿ではないでしょうか。
安全文化は、誰か一人の優れた能力によってつくられるものではありません。現場で働く一人ひとりの行動と、それを支える職場の仕組みによって育っていくものです。
明日は、これまで説明してきたレジリエンスの考え方を振り返りながら、「なぜ今日も事故が起きなかったのか」という視点から、Safety-IIとの関係について考えてみます。