
第4回 現場は家族だった
― 人間関係をつくることも所長の仕事 ―
前回、元請会社の役割は、協力会社が仕事をしやすい環境をつくることだと書きました。
私は、
「協力会社に仕事をさせている」のではなく、「仕事をしていただいている」
という気持ちを大切にしていました。
しかし、設備や作業場所、工程を整えるだけでは、良い現場にはなりません。
現場を動かしているのは人です。
だからこそ、もう一つ大切にしていたものがあります。
人と人とのつながりです。
私は現役時代、
「現場は家族」
という感覚を持っていました。
所長は父親、作業員は子供
少し古い表現かもしれません。
しかし、当時の私の感覚を最もよく表しているのが、
「所長は父親、作業員は子供」
という言葉です。
父親だから偉いという意味ではありません。
父親だから何でも命令してよいという意味でもありません。
私が考えていたのは、その反対です。
家族であれば、困っている人がいれば助ける。
何か問題が起きそうなら、先に手を打つ。
間違ったことをすれば注意する。
そして一日の仕事を終えたら、全員が無事に帰ってほしい。
現場で働く人たちに対して、私はそのような気持ちを持っていました。
会社が違っても、同じ現場の仲間
建設現場には、さまざまな会社の人が集まります。
元請会社、一次協力会社、その先の協力会社。
会社も違えば、職種も年齢も経験も違います。
しかし、現場に一歩入れば、同じものをつくる仲間です。
事故が起きた時に、
「別の会社の人だから関係ない」
とはなりません。
一つの工程が遅れれば、別の会社にも影響します。
誰かが困れば、現場全体が困ります。
だから私は、会社という境界を越えて、
「この現場で一緒に働く仲間」
という意識を持つことが大切だと思っていました。
一緒に遊ぶことにも意味があった
私が担当した現場では、仕事だけではなく親睦にも力を入れていました。
ソフトボール大会をしたり、焼肉大会をしたり、餅つきをしたりしました。
もちろん、安全活動として始めたわけではありません。
みんなで楽しむためです。
しかし今、心理学や安全について学んだ立場から振り返ると、こうした活動にも大きな意味があったと思います。
普段は、
「○○会社の職長」
「元請の所長」
「重機のオペレーター」
という関係だった人たちが、一緒に食べ、一緒に笑い、一緒に遊ぶ。
すると、相手の顔が見えるようになります。
「あの人は○○会社の人」から、
「知っている○○さん」
になるのです。
この違いは小さくありません。
顔を知っていれば声を掛けやすい
安全な現場をつくるためには、コミュニケーションが欠かせません。
「あそこ、少し危ないですよ」
「これ、先に片付けた方がいいんじゃないですか」
「今日、ちょっと体調が悪いです」
「このやり方で本当に大丈夫ですか」
こうした一言が事故を防ぐことがあります。
しかし、人は知らない相手にはなかなか声を掛けられません。
まして相手が元請の所長や別会社の職長であれば、なおさらでしょう。
ところが、一度一緒に焼肉を食べ、ソフトボールをして笑った相手ならどうでしょう。
少し声を掛けやすくなります。
今の言葉を使えば、こうした関係づくりは心理的安全性の土台にもつながっていたのではないかと思います。
北海道の現場で感じたこと
北海道の現場でも、私は協力会社の作業員をもてなしたことがあります。
その時、作業員の皆さんから、
「こんなことをしてもらったのは初めてだ」
という話を聞きました。
その言葉が印象に残っています。
元請の立場を利用して、協力会社に負担を掛けてもらうのではありません。
反対に、
現場で働いていただいている人たちを、元請側がもてなす。
私にとっては、それほど不思議なことではありませんでした。
なぜなら、現場をつくってくれているのは、その人たちだからです。
「仲良し」と「良い現場」は違う
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。
「現場は家族」と言っても、何でも許し合う仲良し集団をつくるという意味ではありません。
危険な行動をすれば注意する。
守るべきルールは守ってもらう。
言わなければならないことは、きちんと言う。
これは家族でも同じでしょう。
大切なのは、
「叱られない関係」ではなく、「必要なことを言い合える関係」
をつくることです。
心理的安全性も、単に優しくすることではありません。
安全のために必要なことなら、立場に関係なく言える。
分からなければ「分かりません」と言える。
危ないと思えば「一度止めましょう」と言える。
失敗しても、それを隠さず報告できる。
そういう関係が、安全な現場を支えます。
人間関係も「環境」の一つ
前回、レヴィンの
B=f(P,E)
という考え方を紹介しました。
人の行動は、その人自身と、その人を取り巻く環境との関係によって生まれるという考え方です。
ここでいう環境とは、作業場所や設備だけではありません。
人間関係も環境です。
声を掛けやすい現場なのか。
質問しやすい現場なのか。
間違いを報告できる現場なのか。
困った時に助けを求められる現場なのか。
同じ作業員でも、こうした環境によって行動は変わります。
だから所長は、設備や工程だけではなく、人と人との関係も整える必要があるのです。
全員が無事に帰るために
「現場は家族」
「所長は父親、作業員は子供」
今なら、もっと違った表現もできるでしょう。
しかし、私が当時考えていたことは単純でした。
みんなが仕事をしやすい現場をつくりたい。
そして、一日の仕事を終えたら、全員が無事に帰ってほしい。
そのために工程を考える。
設備を整える。
次を予測する。
人間関係をつくる。
必要なら厳しく注意する。
そして時には、みんなで笑う。
これらは別々のものではありません。
すべてが「現場を整える」という所長の仕事だったのだと思います。
第1回では「考える習慣」、第2回では「次を見る力」、第3回では「環境を整えること」、そして今回は「人との関係」について考えてきました。
こうして振り返ってみると、私が現場所長として実践していたことの中には、当時は知らなかったSafety-IIやレジリエンスにつながる考え方が数多く含まれていたように思います。
次回は、このシリーズをまとめながら、
「Safety-IIは、昔から優れた現場の中に存在していた」
という視点から考えてみたいと思います。