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なぜ交通違反は「いつもの行動」になってしまうのか

ブログ

2026.09.22

―「今まで大丈夫だった」がSystem 1をつくる―

近頃、車を運転していると、交通法規を守らない車が気になります。

赤信号なのに交差点へ進入する。一旦停止の標識があるのに、ほとんど止まらず通過する。中央線を跨いだまま走り続ける。

もちろん、すべての運転者がそうではありません。しかし、このような運転を見ていると、私は安全行動学を学んできた立場から、「なぜ、この人はこんな運転をするのだろう」と考えてしまいます。

単に「マナーが悪い」「交通ルールを守らない人だ」と片付けるだけでは、事故防止にはつながりません。

そこには、人間の認知や行動の特徴が関係していると考えられるからです。

■ 最初は「分かっていて行う違反」

私は大阪大学大学院人間科学研究科で安全行動学を学びました。

安全行動学では、危険だと分かっていながら危険な行動を取る「リスクテイキング」や、規則違反についても研究されています。

例えば一旦停止を考えてみましょう。

運転者は、一旦停止の標識の意味を知らないわけではありません。

「ここでは止まらなければならない」

それは分かっている。

しかし、

「車は来ていない」
「見通しもいい」
「急いでいる」
「警察もいない」
「これくらいなら大丈夫だろう」

と判断して、止まらずに通過してしまう。

この段階では、まだ「ルールを知った上で違反する」という意識的な判断が含まれています。

■ 違反したのに、何も起こらなかった

問題はその後です。

一旦停止をしなかった。

しかし、事故は起こらなかった。

警察にも捕まらなかった。

次の日も止まらなかった。

やはり何も起こらなかった。

これを何度も経験すると、

「止まらなくても大丈夫だった」

という経験が積み重なっていきます。

本当は「たまたま事故が起きなかった」だけかもしれません。

ところが人間は、結果から自分の行動を評価してしまいます。

事故が起きなかったのだから、自分の判断は間違っていなかった。

そして次も同じ行動を取る。

ここには「今まで大丈夫だったのだから、今回も大丈夫だろう」という楽観的な判断や、自分に都合のよい経験を重視する認知の偏りも入り込んできます。

つまり、

違反 → 何も起こらない → 大丈夫だと学習する → また違反する

という循環が生まれてしまうのです。

■ やがて「違反している」という意識さえ薄くなる

さらに怖いのは、これを何度も繰り返したときです。

人間は、繰り返している行動を次第に自動化していきます。

ここで関係してくるのが、私が大阪大学時代に篠原先生からも教わったSystem 1とSystem 2の考え方です。

System 1は、速く、自動的に働く思考です。

System 2は、一度立ち止まり、注意を向け、意識して考える思考です。

初めて一旦停止を無視したときには、

「止まらないといけないけれど、今日は行ってしまおう」

と考えていたかもしれません。

ところが、それを何十回、何百回と繰り返しているうちに、いちいち考えなくなる。

一旦停止の交差点に近づく。

少し速度を落とす。

左右を見る。

そのまま通過する。

これが、その人にとっての「いつもの運転」になってしまうのです。

言い換えれば、

最初は意識的だった違反行動が、反復によってSystem 1の自動的な行動へと変わっていく可能性があります。

ここが非常に怖いところです。

■ 「事故がなかった=安全だった」ではない

交通安全だけの話ではありません。

建設現場でも同じことが起こります。

「少しだけだから保護具を使わなかった」

何も起きなかった。

「面倒だから機械を止めずに作業した」

何も起きなかった。

「いつもやっている作業だから確認を省略した」

何も起きなかった。

すると、

「これくらいなら大丈夫」

という経験が積み重なっていきます。

やがて、ルールを省略した作業方法そのものが「いつものやり方」になってしまう。

本人に「危険なことをしている」という強い意識すらなくなってしまうかもしれません。

だから私は、

「事故がなかった」と「安全だった」は同じではない

と考えています。

危険な行動をしても、毎回事故になるわけではありません。

事故にならなかったのは、安全な行動だったからではなく、単に危険な条件が重ならなかっただけかもしれないのです。

■ 「いつもの行動」にブレーキをかける

では、どうすればよいのでしょうか。

私はここでメタ認知が重要になると考えています。

自分が今、何をしているのか。

自分は本当に安全だと判断しているのか。

それとも、「いつも大丈夫だから」という経験だけで判断しているのか。

自分自身の判断を、一歩離れたところから見直す。

そのために私が安全教育で勧めているのが、

Stop ― Look ― Think

です。

Stop:一度止まる。
Look:周囲や状況を見る。
Think:本当にこれでよいのか考える。

System 1で流れている「いつもの行動」に、意識的にブレーキをかけるのです。

建設現場であれば、さらに指差呼称を加えることもできます。

「足元、ヨシ!」
「電源、ヨシ!」
「安全帯、ヨシ!」

指を差し、対象を見て、声に出す。

私は指差呼称を、単なる確認動作ではなく、自動的に進みそうになる行動に意識的な確認を入れる方法として捉えています。

■ 危険なのは「違反に慣れること」

信号無視や一旦停止無視をする人を見て、「危ない運転をする人だ」と批判するだけなら簡単です。

しかし、安全を考える立場として重要なのは、

なぜ、その行動がその人にとって普通になったのか

を考えることではないでしょうか。

最初は小さな違反だった。

何も起こらなかった。

またやった。

それでも何も起こらなかった。

そして、いつの間にか考えなくなった。

「大丈夫だろう」

違反する

何も起こらない

「やっぱり大丈夫だった」

繰り返す

習慣になる

System 1で自動的に行う

この流れは、交通事故だけでなく、労働災害を考える上でも非常に重要だと思います。

事故は、突然生まれるように見えます。

しかし、その前には何十回、何百回もの「何も起こらなかった危険行動」が隠れているのかもしれません。

だからこそ、ときどき自分自身に問いかける必要があります。

「これは本当に安全だからやっているのか。それとも、今まで大丈夫だったからやっているだけなのか。」

その問いを生み出すのがメタ認知です。

そして、そのための簡単な習慣が、

Stop ― Look ― Think。

「いつもの行動」に一度ブレーキをかける。

それだけでも、System 1に任せきった危険な行動から、System 2による安全な判断へ戻るきっかけになるのではないでしょうか。

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