
娘から連絡があり、最寄り駅まで迎えに来ています。
駅前には、同じように家族を迎えに来たのでしょう。何台もの車が停まっています。
その様子を見ていると、多くの車はできるだけ道路の左側へ寄せて停車しています。後ろから来る車が少しでも通りやすいように、邪魔にならないようにしているのでしょう。
私も車を停めるなら、できるだけ左側へ寄せます。
ところが、中には道路側へ大きくはみ出したまま停車している車があります。
「あと50センチ、左へ寄せればいいのに」
私は、こういう光景を見ると、つい考えてしまいます。
もちろん、運転技術の問題もあるかもしれません。しかし、それだけではないように感じます。
「停められた」で思考が終わっていないか
迎えに来た人の目的は、
「駅まで行って、家族を乗せること」
です。
駅に到着し、車を停めることができた。
ここで目的はほぼ達成されています。
すると、
「ここに停められた。あとは待とう」
と考え、その先の思考が止まってしまうことがあります。
しかし、もう一歩考える人は違います。
「ここに停めると、後ろの車は通りにくくないか」
「もう少し左へ寄せられないか」
「歩行者や自転車の邪魔になっていないか」
と、自分の車を周囲の視点から見直します。
この違いは、私はメタ認知の違いとして考えることができると思います。
メタ認知とは、自分の考えや行動を一歩離れたところから見直す心の働きです。
「私は停められた」
だけではなく、
「いま停まっている私の車は、周囲からどう見えているだろう」
と考えるのです。
「通れるからいい」と「邪魔にならないようにする」
ここには、安全を考えるうえで非常に重要な違いがあります。
道路の中央寄りに停めていても、後ろの車が通ることができれば、
「通れるんだから問題ない」
と考えることはできます。
一方で、
「通れるとしても、できるだけ通行の邪魔にならないようにしよう」
と考える人もいます。
この二つは似ているようで、実は大きく違います。
前者は、問題が起きていないという結果を見ています。
後者は、問題が起きる可能性を少しでも小さくしようとしています。
これは安全管理でも同じです。
「ここに材料を置いていても人は通れる」
ではなく、
「もう少し端へ寄せれば、もっと安全に通れる」
と考える。
「この電気コードでも、たぶん誰もつまずかない」
ではなく、
「通路から外しておこう」
と考える。
事故が起きるか、起きないかという二者択一ではありません。
危険を少しでも減らすために、あと一つ何ができるか。
これが安全行動だと思います。
人は自分の行動のリスクを小さく見積もる
人間には、自分が選んで行っている行動について、その危険性を低く見積もりやすい傾向があります。
リスク認知に関する研究でも、自分の意思で選択している行動や、利益・利便性を感じている行動では、リスクが相対的に低く認知されることが指摘されています。
駅前で待っている人にとって、
「ほんの数分だから」
「後ろの車は通れるから」
「みんな迎えに来ているから」
という認識があれば、わざわざもう一度車を動かして左へ寄せる必要性を感じにくくなるのかもしれません。
ここで重要なのは、「この人はマナーが悪い」と決めつけることではありません。
人間は、自分の目的に注意が向くと、それ以外のことへの注意が弱くなることがあります。
認知心理学では、人間の認知資源には限界があり、すべての情報を同じように処理することはできないと考えます。災害時の認知バイアスについても、人間の判断には認知的な節約が働き、メタ認知によって自分の判断を見直すことの重要性が指摘されています。
「あと50センチ」が安全文化をつくる
私は安全パトロールでも、大きな危険だけを見るわけではありません。
「もう少し整理できないか」
「ここに置くより、あちらへ置いた方が安全ではないか」
「この動線なら、作業員同士が接触しないか」
そんな小さなことも見ます。
安全とは、事故が起きなかったという結果だけではありません。
日々の中で、
「もう少し安全にできないか」
と考え続けることです。
これはSafetyⅡの考え方にもつながります。
現場では、決められたルールを守るだけで安全が維持されているわけではありません。
作業員一人ひとりが、その日の状況を見ながら、
「今日はここが狭いから、材料をもう少し寄せよう」
「人が増えたから、通路を広く取ろう」
「雨で滑りやすいから、いつもより慎重に歩こう」
と小さな調整を繰り返しています。
その積み重ねによって、何事もなく一日が終わっています。
駅前で車をあと50センチ左へ寄せることも、考え方としては同じではないでしょうか。
自分を後ろから見てみる
今回、駅前で車を待ちながら改めて感じました。
大切なのは、
「自分は困っていない」ではなく、「自分の行動によって誰かが困っていないか」と考えること。
そのためには、ときどき自分自身を第三者の視点から見る必要があります。
「もし自分が後ろから来た車だったら?」
「もし自分が歩行者だったら?」
「もし自分が自転車だったら?」
そう考えるだけで、行動は変わります。
これは私が安全教育で勧めているStop-Look-Thinkにも通じます。
一度、止まる。
周囲を見る。
そして、考える。
「このままで本当にいいのか?」
駅前で車をあと50センチ左へ寄せる。
現場で材料をあと50センチ端へ移動させる。
ほんの小さな行動です。
しかし安全とは、このような「あと一歩の配慮」の積み重ねによってつくられているのではないでしょうか。
「通れるからいい」から、
「少しでも通りやすくしておこう」へ。
この小さな思考の違いが、日常生活でも職場でも、周囲を見る力となり、安全につながっていくのだと思います。