
歩きスマホ、ながらスマホは、これだけ危険性が指摘されても、なかなかなくなりません。
私も通勤途中で、スマートフォンを見ながら歩いている人を毎日のように見かけます。自動車を運転していても、隣の車を見るとスマートフォンを操作している運転者に気づくことがあります。
危険であることを知らないのでしょうか。
おそらく、多くの人は知っています。
それでもやってしまう。
ここに、人間のリスク認知の特徴が表れています。
「危険」と「自分が事故に遭う」は別の話
人間は、危険を知ったからといって、その危険を客観的に評価できるわけではありません。
リスク認知の研究では、統計的・客観的なリスクと、私たちが主観的に感じるリスクにはズレが生じることが指摘されています。
その代表的なものの一つが、楽観性バイアスです。
「事故を起こす人はいる。でも自分は大丈夫」
「少しくらいスマホを見ても大丈夫」
「この交差点なら大丈夫」
この「自分は大丈夫」という感覚が、実際の危険を小さく見せてしまいます。
菊池聡氏は、災害時の認知バイアスについて、楽観性バイアスを「被害は他人には起こるが、自分には及ばない」という方向への認知の偏りとして説明しています。
しかも、正常性バイアスと楽観性バイアスは相互に強め合う可能性があります。
危険は知っている。
でも、自分には起こらない。
だから行動を変えない。
これが怖いところです。
「今まで大丈夫だった」が危険を育てる
さらに厄介なのが、経験です。
歩きスマホをした。
何も起こらなかった。
運転中にスマホを見た。
事故を起こさなかった。
少しくらいなら信号を無視しても大丈夫だった。
こうした経験が積み重なると、
「ほら、やっぱり大丈夫だった」
という学習が起こります。
しかし、これは安全が証明されたわけではありません。
たまたま事故にならなかっただけです。
それにもかかわらず、人は自分の考えに都合のよい情報を集めやすくなります。ここには確証バイアスも関係してきます。
「今まで事故を起こしていない」という事実だけを見て、「この行動はそれほど危険ではない」と判断してしまうのです。
通勤途中の交差点で感じること
私がそれ以上に怖いと感じている場所があります。
通勤途中にある幹線道路の交差点です。
右折車は矢印信号に従って右折する構造になっていますが、私はここで信号無視をする車を何度も見ています。
一度ではありません。
繰り返し見かけます。
安全管理に携わってきた人間として、私はここに大きな違和感を覚えます。
事故が起きてからでは遅いのです。
もちろん、交通違反の取締りや警察活動について、外から見える範囲だけで全体を評価することはできません。
しかし、同じ場所で危険な行動が繰り返されているのであれば、事故が発生する前に何らかの予防的な指導や対策が必要ではないかと私は考えます。
建設現場ならどうするか
これを建設現場に置き換えてみれば、分かりやすいと思います。
安全パトロールで、ある作業員が何度も不安全行動をしているのを確認したとします。
「まだ事故は起きていないから大丈夫」
とは考えません。
その場で声を掛けます。
なぜ、その行動をしたのかを確認します。
設備に問題があるのか。
作業手順に無理があるのか。
本人が危険性を理解していないのか。
周囲も同じ行動をしているのか。
事故になる前に原因を探し、改善する。
それが安全管理です。
交通安全も同じではないでしょうか。
信号無視が繰り返されているという事実そのものを、事故につながる前兆として捉える必要があります。
事故件数だけを見るのではありません。
事故にはならなかった危険な行動にも目を向ける。
これはSafetyⅡの考え方にも通じます。
バイアスは「なくす」のではなく「気づく」
では、楽観性バイアスをなくせばよいのでしょうか。
そう簡単ではありません。
認知バイアスは、人間の自然な認知の働きから生まれるものです。完全になくすことは難しい。
だから私は、バイアスについて知ることが重要だと考えています。
「今、自分は『大丈夫』と思っていないか」
「今まで事故がなかったことを、安全の証拠にしていないか」
「自分に都合のよい情報だけを見ていないか」
そこで必要になるのがメタ認知です。
自分の判断を、一歩離れたところから見直す。
そのために私が勧めているのが、
Stop ― Look ― Think
です。
Stop
一度、止まる。
Look
周囲を見る。信号を見る。人を見る。危険を見る。
Think
「本当に大丈夫なのか」と考える。
たった数秒です。
スマートフォンを見る前。
道路を渡る前。
交差点へ進入する前。
アクセルを踏む前。
そして建設現場なら、作業を始める前。
この数秒が、システム1による「いつもの行動」から、自分の行動を見直すメタ認知への切り替えになります。
「事故が起きなかった」を安全だと思わない
事故を起こそうと思って運転している人はいません。
歩きスマホをしている人も、「今日は人にぶつかろう」と思って歩いているわけではありません。
信号を無視する人も、「今日は事故を起こそう」と考えているわけではないでしょう。
事故になるとは思っていないから、その行動ができるのです。
ここにリスク認知の難しさがあります。
だからこそ安全管理では、
「事故が起きたか、起きなかったか」
だけを見てはいけません。
その前に何が起きているのかを見る。
危険な行動が繰り返されていないか。
「今まで大丈夫だった」が積み重なっていないか。
そして、自分自身も例外ではありません。
「自分は大丈夫」と思ったときこそ、一度止まる。
Stop。
Look。
Think。
事故が起きてから反省するのではなく、事故が起きる前に自分の思考と行動を変える。
私は、これこそが本当の意味での安全管理だと考えています。