
― 歩く、料理する、片付ける。すべてが「先を読む」練習になる ―
師匠から時々「変態」と呼ばれる私ですが(笑)、やはり普通の人とは少し違ったことを考えながら生活しているのかもしれません。
今朝は、顧問先の安全衛生協議会に出席するため、三宮の地下道を歩いていました。
朝の三宮ですから、通勤・通学の人でごった返しています。
私はアンチエイジングも兼ねて、普段からかなり速く歩きます。ただし、人の多い地下道を速く歩くためには、単純に足を速く動かせばよいわけではありません。
前を歩いている人の速度を見る。
少し右へ寄り始めた人がいれば、その先の動きを考える。
スマホを見ながら歩いている人がいれば、急に立ち止まるかもしれないと考える。
向こうから来る人の流れを見ながら、どこに隙間ができるかを予測する。
つまり私は、目の前の人だけを見ているのではなく、「この人は次にどう動くだろう」と、ほんの数秒先を予測しながら歩いているのです。
人間観察が好きな私にとっては、これが結構楽しいのです。
そして考えてみると、これは単なる速歩ではありません。
人の動きを読み、その先を予測し、自分の行動を変える練習にもなっています。
普通に歩くことも間違いではない
もちろん、多くの人はそんなことを考えながら歩いているわけではありません。
友人と話しながら歩く人もいます。スマホを見ながら歩いている人もいます。ただ目的地へ向かって、人の流れに乗って歩いている人もいます。
これは決しておかしなことではありません。
人間の脳には処理できる情報量に限界があります。そのため、慣れた行動では、すべてを一つひとつ意識して考えるのではなく、経験を使って素早く処理します。
認知心理学では、こうした認知資源を節約した判断の仕組みをヒューリスティックなどの考え方で説明します。これは日常生活を効率よく送るために必要な働きですが、ときには判断の偏り、つまり認知バイアスにつながることもあります。
毎日通っている道なら、
「今日もいつもと同じ」
と考えてしまう。
建設現場や工場でも同じです。
「昨日もやった作業だから大丈夫」
「いつもの作業だから大丈夫」
「これまで事故はなかったから大丈夫」
慣れることは仕事を効率化しますが、その一方で、小さな変化を見落とす原因にもなります。
「次に何が起こる?」を考える
そこで大切になるのが、先を読む習慣です。
私の場合は、たまたま歩くことがその練習になっています。
しかし、速歩をする必要はありません。
人それぞれでよいのです。
たとえば料理も、とてもよい練習になります。
料理をしていると、
「次に何を使うのか」
「お湯を沸かしている間に何ができるか」
「この料理を加熱している間に、次の材料を切っておこう」
と、自然に次の工程を考えます。
片付けも同じです。
目についた物を一つずつ片付けるだけではなく、
「これを先に運べば、次にこれも一緒に持って行ける」
「ここを先に空ければ、後の作業がしやすい」
と考えれば、作業全体がスムーズになります。
歩くこと、料理、掃除、片付け、車の運転など、場面は何でも構いません。
そこに共通しているのは、
今の状況を見る
↓
次に何が起こるか考える
↓
少し先の準備をする
↓
状況が変われば自分の行動を修正する
という思考です。
これが現場の安全につながる
この考え方を、そのまま現場へ持っていけばよいのです。
危険な場所を見つけて、
「危ない!」
と気づくことも大切です。
しかし、本当の意味での安全を考えるなら、その一歩先まで考えてほしいのです。
「この作業員が一歩後ろへ下がったらどうなる?」
「この材料が動いたらどうなる?」
「この重機が次に旋回したら?」
「この作業が終わった後、別の作業と干渉しないだろうか?」
まだ事故は起きていません。
危険な状態にもなっていないかもしれません。
それでも、数秒後、数分後に起こり得ることを想像する。
そして必要なら、事故につながる前に自分たちの行動を変える。
私は、これこそ安全に必要な「先を読む力」だと思っています。
Stop-Look-Thinkにもつながる
私が安全教育の中で勧めているのが、
Stop ― 一度止まる
Look ― 周囲を見る
Think ― そして考える
というStop-Look-Thinkです。
ここでいうThinkは、目の前が危険か安全かを判断するだけではありません。
「このまま進めたら、この後どうなるだろう?」
と、一歩先を想像することです。
そしてもう一つ重要なのが、メタ認知です。
「自分は慣れで判断していないか」
「いつも大丈夫だから、今日も大丈夫と思っていないか」
「見たつもり、確認したつもりになっていないか」
自分自身の考え方を一歩離れたところから見直してみる。
災害時のリスク認知についても、自分の認知がバイアスの影響を受ける可能性を自覚し、自分の行動をコントロールするメタ認知の重要性が指摘されています。
安全教育は現場だけでするものではない
安全教育というと、現場で危険箇所を探したり、KY活動をしたり、リスクアセスメントを行ったりすることを考えます。
もちろん、それらは大切です。
しかし私は、安全を考える力そのものは、日常生活の中でも鍛えられると思っています。
私は人混みを歩きながら、人の動きを読みます。
料理が好きな人なら、料理をしながら段取りを考えればよい。
片付けが好きな人なら、効率のよい順番を考えればよい。
車を運転する人なら、前の車だけではなく、その前の車や歩行者の動きまで見てみる。
人それぞれでよいのです。
重要なのは、日常生活のどこかで、
「次に何が起こるだろう?」
と考える習慣を持つことです。
最初は意識して考えなければできないことでも、繰り返していけば習慣になっていきます。
そして、その習慣は仕事の中にも現れてきます。
安全とは、目の前にある危険を見つける力だけではありません。
まだ起きていないことを想像し、その一歩先に備える力でもあります。
その力を身につける場所は、現場だけではありません。
通勤途中にもあります。
家庭にもあります。
料理や片付けの中にもあります。
私にとって今朝の三宮地下道は、単なる通勤経路ではなく「先を読む練習場」でもありました。
毎日の何気ない生活を少し違った視点から見てみる。
そうすると、私たちの周りには、安全を考える力を鍛える教材がいくらでも転がっていることに気づくのではないでしょうか。