
先日、特別養護老人ホームに入所している母の面会に行ってきました。
ホームは自宅から歩いて10分もかからないところにありますので、月に数回、母の顔を見に行っています。
このホームでは、面会者であることが職員さんから分かるように、受付でカードを受け取り、首から掛けることになっています。
もちろん、帰るときには受付へ返却します。
実は以前、一度このカードを返すのを忘れ、そのまま帰ろうとして注意された経験があります。
ですから今回は、母との面会を終えてエレベーターで1階へ降りているときから、
「カードを返さないと」
と考えていました。
受付へ向かって歩いている間も覚えていました。
ところが、受付で職員さんと少し立ち話をしました。
ほんの短い会話です。
そして、そのままホームを出て歩き始めました。
1分ほど歩いたところで、
「あっ、カード!」
と思い出しました。
首を見ると、しっかりカードを掛けたままです。
慌ててホームへ戻り、受付へ返却しました。
「覚えていた」のに忘れる
これは典型的なヒューマンエラーの一つであるラプス(lapse)と考えられます。
ラプスは、やろうとしていたことを忘れてしまうような「記憶に関係するエラー」です。
今回、私はカードを返す必要があることを知らなかったわけではありません。
返す場所も知っています。
しかも、エレベーターを降りたときには、
「返さなければ」
とはっきり考えていました。
それでも忘れました。
原因として大きかったのは、受付での「立ち話」でしょう。
頭の中では、
「受付へ行く」
↓
「カードを返す」
という流れができていました。
ところが、その途中に
「職員さんと話をする」
という別の行動が入ったことで、最初に考えていた「カードを返す」という目的が一時的に頭から抜け落ちたのです。
人間の認知能力には限界があります。私たちは、すべての情報を同時に処理しているわけではありません。限られた認知資源を使いながら、日常生活を送っています。認知心理学でも、人間は限られた情報や判断能力の中で意思決定していると考えられています。
ヒューマンエラーは「注意不足」で片付けない
このような出来事があると、
「もっと注意しなければ」
と考えがちです。
もちろん注意することは大切です。
しかし、「注意する」だけでは、同じことがまた起こります。
私自身、過去にもブログで自分のラプスについて何度も書いてきました。
家を出てから忘れ物に気づく。
用意していた物を持たずに出ようとする。
途中で別の行動が入ると、本来しようとしていたことを忘れる。
程度の差はあっても、誰にでも起こることです。
大切なのは、
「人は忘れる」ことを前提にすること
だと思います。
現場でも同じことが起こる
これを仕事に置き換えてみると、少し怖くなります。
「あとで電源を切ろう」
「この作業が終わったらバルブを閉めよう」
「あとで立入禁止柵を戻そう」
「作業終了後に元請へ報告しよう」
そう考えていたところへ、誰かから声を掛けられる。
電話が入る。
別の作業を頼まれる。
すると、それまで頭の中にあった予定が抜け落ちる。
今回の私のカードなら、戻って返せば済みます。
しかし現場では、その一つのラプスが事故につながることがあります。
だからこそ安全管理では、
「忘れないように注意しましょう」
だけではなく、
忘れても事故につながらない仕組みをつくること
が重要になります。
チェックリストを使う。
作業終了時の確認項目を決める。
指差呼称を行う。
決められた場所に物を置く。
「○○したら、必ず△△する」という行動を習慣化する。
こうした仕組みが、人間の弱い部分を補ってくれます。
自分のエラーに気づくことも安全活動
今回、1分ほど歩いたところでカードを思い出しました。
ここで、
「なぜ忘れたのだろう」
と考えることも大切だと思っています。
単に、
「また忘れてしまった」
で終わらせるのではありません。
自分の行動を振り返り、
「受付で話をしたことで行動の流れが変わったな」
と考える。
これは私が安全教育でよく話しているメタ認知にもつながります。
自分の認知や行動を、一歩引いて見ることです。
認知にはバイアスや限界があることを自覚し、自分の判断や行動を見直すことがメタ認知であり、安全行動にも重要な考え方です。
人間である以上、ヒューマンエラーをゼロにすることはできません。
だから私は、自分が起こした小さなエラーもできるだけ振り返るようにしています。
「なぜ忘れたのか」
「次はどうすればよいのか」
そう考えることを繰り返す。
小さな日常生活のラプスですが、そこには現場の安全管理とまったく同じ、人間の特性が隠れています。
今回もまた、自分自身を教材にしてヒューマンエラーを学ぶことになりました。