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またやられた『アンカリング』

バイアス

2026.10.02

分かっているのに予定を間違えた理由

私は現在、日本労働安全衛生コンサルタント会兵庫支部の役員を務めており、もう8年近くになります。

兵庫県内の労働基準協会の総会などに合わせて、無料の安全相談会を開催することがあります。今回は、その日程調整の中で起きた私自身の「思い込み」の話です。

認知バイアスについて日頃から説明している私自身が、また見事にバイアスに引っかかっていました。

最初に聞いた「10月2日」が頭から離れなかった

最初に広報担当者から、安全相談会の日程について「10月2日(金曜日)」と連絡がありました。

ところが、この案内自体が間違っていました。

正しくは「10月6日」です。

その後、労働基準協会からも連絡をいただき、私は「10月6日が正しい日程」であることを認識しました。

ここまでは何も問題ありません。

ところが、後になって自分のスケジュールを確認してみると、私は最初に聞いた「10月2日」を前提として予定を調整していたのです。

「10月6日に変更になった」

そのことは知っています。

頭では分かっていたのです。

それなのに、予定を考えるときには「10月2日」が残っていました。

なぜでしょう。

ここで考えられるのが「アンカリング」です。

最初の情報が「錨」になる

アンカリングとは、最初に与えられた情報や、自分の中にある基準が「錨(アンカー)」のようになり、その後の判断がそこから十分に離れられなくなる現象です。

TverskyとKahnemanは、判断を素早く行うために人が用いるヒューリスティックの一つとして、アンカーからの調整を取り上げています。こうした方法は効率的ですが、ときとして判断に系統的な偏りを生じさせます。

今回の私の場合、

「10月2日」

という最初の情報が、かなり強いアンカーになっていたのでしょう。

あとから正しい情報である「10月6日」を受け取っています。

つまり、知識としては修正されている。

ところが、頭の中の予定までは完全に修正されていなかった。

「知っていること」と「実際の判断に使っていること」は、必ずしも同じではないということです。

もう一つ、12月4日でも思い込みがありました

実は、これだけではありません。

12月4日には2か所で同時に安全相談会が開催される予定で、広報担当者から、

「担当できますか?」

と問い合わせがありました。

私は「大丈夫です」と返事をしました。

その2か所のうち1か所について、私は勝手に「昨年担当した労働基準協会だ」と思い込んでいました。

ところが、確認してみると別の労働基準協会でした。

しかも、その時点では私の担当先そのものが、まだ正式に決まっていたわけではありません。

それなのに頭の中では、

「昨年担当した」
↓
「今年も同じだろう」

という流れが、いつの間にか出来上がっていたようです。

これもアンカリングとして考えると分かりやすい現象です。

今回は「数字」ではなく、「昨年の経験」がアンカーになっています。

心理学の研究でも、自分の中にある基準を出発点として判断すると、そこからの修正が十分に行われない場合があることが示されています。

経験がある人ほど注意したい「いつもと同じ」

今回の出来事を考えていて、これは現場の安全にも非常によく似ていると思いました。

「去年もこうだった」

「前回もこの方法だった」

「いつもこの手順でやっている」

「この現場ならこうだろう」

経験を積めば積むほど、私たちの頭の中には多くの「基準」ができます。

もちろん、経験は非常に大切です。

毎回ゼロから考えていては仕事になりません。

過去の経験を利用するからこそ、私たちは素早く判断することができます。

問題は、

過去の経験が、現在の状況を見るためのアンカーになってしまうことです。

「前回と同じだろう」と思った瞬間、今回変わっている部分が見えにくくなる可能性があります。

作業員が違う。

使用する機械が違う。

作業場所が違う。

周囲の作業が違う。

天候が違う。

工程が違う。

「似た作業」であっても、条件までまったく同じとは限りません。

ベテランだから大丈夫、ではない

安全の仕事を長くしていると、「新人だから間違える」「経験が少ないから思い込む」と考えがちです。

しかし、今回の私はまったく逆です。

長く役員をしている。

昨年も担当している。

仕事の流れを知っている。

だからこそ、

「今年も同じだろう」

という判断が自然に出てきたとも考えられます。

経験は私たちを助けてくれます。

一方で、経験が強いアンカーになることもあります。

ここが人間の認知の面白いところであり、安全管理で注意しなければならないところでもあります。

だからStop-Look-Think

では、どうすればよいのでしょうか。

私はやはり、いつも紹介している

Stop-Look-Think

に戻ってきます。

Stop(止まる)

「ちょっと待て。これは最初に聞いた情報ではないか?」

Look(見る)

記憶だけに頼らず、メール、予定表、作業指示書など、最新の情報をもう一度確認する。

Think(考える)

「前回と今回で何が違うのか?」

ここまで意識的に考えることで、システム1による素早い判断から一度離れ、システム2を働かせるきっかけをつくることができます。

私の場合なら、

「日程が変更された予定は、必ずスケジュール表そのものを修正する」

「昨年と似た仕事ほど、今年の案内を確認する」

これだけでも今回のような思い込みはかなり防げたでしょう。

バイアスを知っていても、バイアスにはかかる

今回、改めて感じたことがあります。

私は認知心理学を学び、安全教育でも正常性バイアス、確証バイアス、アンカリングなどについて話しています。

それでも、自分自身がアンカリングにかかります。

これは決して不思議なことではありません。

認知バイアスについて勉強したからといって、人間の脳の仕組みそのものが変わるわけではないからです。

だから大切なのは、

「私はバイアスを知っているから大丈夫」ではなく、「私もバイアスにかかる」と考えること。

そして、

「今、自分は何かに引っ張られていないか?」

と、自分の考え方を一段上から眺めてみる。

これがメタ認知です。

10月2日だと思っていた。

昨年と同じ基準協会だと思っていた。

どちらも私の頭の中では、ごく自然な判断でした。

だからこそ怖いのです。

間違った判断というものは、必ずしも「間違っている」と感じながら行うわけではありません。

多くの場合、その瞬間の本人にとっては「これで合っている」と感じています。

これは現場の不安全行動でも同じではないでしょうか。

「いつもと同じ」ほど、一度立ち止まる。

「知っている」ほど、もう一度確認する。

そして、

Stop-Look-Think。

今回の自分自身のアンカリングも、また一つ、安全について考える良い教材になりました。

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