
朝起きて、顔を洗い、着替え、いつもの道を通って仕事へ向かう。
この一つひとつの行動について、「まず右足を出して、次に左足を出して……」などと考えている人はいないと思います。
車を運転するときも同じです。
免許を取りたての頃は、ミラーを見て、ウインカーを出して、ハンドルを切って、と一つひとつ考えながら運転していたはずです。
ところが、何年も運転していると、多くの操作はほとんど意識しなくてもできるようになります。
人間の脳は、毎回すべてのことをじっくり考えて行動しているわけではありません。
むしろ、私たちの日常生活の多くは、「いちいち考えなくてもできること」で成り立っています。
ここが、安全を考える上で、とても大切なところです。
脳は、できるだけ楽をしようとする
人間の脳が、毎日の行動を一つひとつ真剣に考えていたら、すぐに疲れてしまいます。
朝、歯を磨くたびに、
「歯ブラシを右手で持とうか、左手で持とうか」
「どの歯から磨こうか」
「何回動かそうか」
などと考えていては、生活そのものが大変です。
そこで脳は、何度も繰り返した行動を「いつものやり方」として覚え、あまり考えなくてもできるようにしていきます。
これは人間にとって、とても便利な仕組みです。
仕事でも同じです。
毎日使っている工具を手に取る。
いつもの場所まで歩く。
機械のスイッチを入れる。
材料を運ぶ。
ベテランになるほど、こうした行動は自然にできるようになります。
これは経験を積んだ結果であり、決して悪いことではありません。
むしろ、この仕組みがあるからこそ、私たちは効率よく仕事をすることができます。
これを「System1」と呼びます
心理学では、このような素早く、自動的に働く思考を「System1」と呼びます。
少し難しい言葉ですが、ここでは、
「いつもの自動運転」
くらいに考えてください。
System1は、
・素早い
・あまり意識しない
・経験や慣れを使う
・ほとんど疲れない
という特徴があります。
例えば、信号が赤になれば立ち止まる。
物が飛んできたら、とっさに避ける。
見慣れた道を歩く。
このような行動もSystem1が大きく関わっています。
System1は、安全にも必要な力
安全教育では、「慣れは危険」と言われることが多くあります。
確かに、慣れによって確認を省略したり、危険を軽く見たりすることはあります。
しかし、
「慣れ=悪いこと」
ではありません。
熟練した作業員が、機械の音を聞いて、
「いつもと少し違うな」
と感じる。
現場所長が現場を見て、
「今日は何となく危ない雰囲気がする」
と感じる。
こうした判断も、長年の経験をもとにしたSystem1の働きです。
経験が積み重なることで、頭の中に多くのパターンが蓄積されています。
だから、ベテランは瞬間的に異常を感じ取れることがあります。
System1は、人間が安全に働くためにも必要な能力なのです。
問題は「いつものまま」で進んでしまうこと
一方で、System1には弱点もあります。
それは、
「いつもと同じだろう」
と判断しやすいことです。
昨日も大丈夫だった。
先週も問題なかった。
今まで事故はなかった。
そうした経験が積み重なると、
「今日も大丈夫だろう」
と考えやすくなります。
ところが、現場は毎日少しずつ違います。
人が違う。
天候が違う。
機械の状態が違う。
周囲の作業が違う。
材料の置き場所が違う。
ほんの少し条件が変わっただけでも、危険が生まれることがあります。
それでも脳は「いつもの現場」として処理してしまうことがあります。
ここに、ヒューマンエラーが起こる一つの原因があります。
「人は考えない」のではなく、「考えなくても動ける」
安全管理では、事故が起きると、
「もっと考えて作業しなさい」
「注意が足りない」
と言われることがあります。
しかし、人間はもともと、すべての行動をじっくり考えるようにはできていません。
考えなくてもできることは、考えない。
これは人間の欠点ではなく、脳の自然な働きです。
だから安全対策も、
「もっと注意しろ」
だけでは十分ではありません。
いつもの自動運転になっている脳に、
「ちょっと待て」
と働きかける仕組みが必要になります。
その代表が、
指差呼称、KY、作業前確認、そして私がよく紹介しているStop-Look-Thinkです。
一度立ち止まり、
見る。
考える。
確認する。
これによって、「いつもの自動運転」から一度抜け出すことができます。
今日覚えてほしいこと
人間は、毎日の多くの行動をほとんど考えずに行っています。
それは手抜きではありません。
人間の脳に備わった、とても大切な仕組みです。
この自動的な思考を「System1」と呼びます。
System1があるからこそ、私たちは効率よく仕事ができます。
しかし、
「いつもと同じ」
と思い込んだまま進むと、変化や危険を見落とすことがあります。
だからこそ、安全では、ときどき自動運転を止める必要があります。
では、そのときに働くもう一つの思考とは何でしょうか。
明日は、「ちょっと待てよ、と考えるSystem2」について考えてみたいと思います。