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認知心理学1 人間はすべてを見ることができない

ブログ

2026.10.12

――「注意すれば防げる」という安全管理の限界

事故やヒューマンエラーが起きたとき、よく聞く言葉があります。

「もっと注意していれば防げた」
「ちゃんと周りを見ていなかった」
「確認が足りなかった」

確かに、注意することや確認することは安全の基本です。

しかし、ここで少し考えてみたいと思います。

人間は、注意しようと思えば、周囲のすべてに注意できるのでしょうか。

実は、できません。

これは本人のやる気や安全意識だけの問題ではありません。人間の脳が持っている「認知能力の限界」と関係しています。


私たちの脳は、すべてを処理しているわけではない

私たちは目を開けていると、たくさんの情報を受け取ります。

前を歩く人、車、信号、標識、音、足元の段差、周囲の動き……。

建設現場なら、さらに多くなります。

重機が動いている。
作業員が移動している。
資材が置かれている。
頭上では別の作業をしている。
足元には段差や開口部がある。
無線から連絡が入る。

これらを全部同時に認識して、考えて、判断しているように感じるかもしれません。

ところが、実際の人間の情報処理能力には限界があります。

認知心理学では、人間の心を「情報を処理するシステム」として考えます。しかし、私たちが一度に取り込んで処理できる情報量には限りがあります。

つまり、

目の前にある情報すべてを、脳が同じように処理しているわけではない

ということです。


「目に入っている」と「認識している」は違う

ここが安全を考えるうえで、とても重要です。

目の前に危険なものがあった。

だから、

「見えていたはずだ」

と考えてしまいます。

しかし、

視界に入っていることと、その存在を認識していることは同じではありません。

例えば、重機の近くで作業しているとします。

作業員は重機の動きに注意を向けています。

「バックしてこないか」
「旋回してこないか」

これは安全のために必要な注意です。

ところが、重機に注意を集中することで、今度は足元に置かれている資材への注意が弱くなることがあります。

重機との接触は避けられた。

ところが、一歩下がったところにあった資材につまずいて転倒した。

「ちゃんと周りを見なさい」

と言いたくなるかもしれません。

しかし本人は、何も見ていなかったわけではありません。

一つの危険を一生懸命見ていたからこそ、別の危険への注意が弱くなった可能性があるのです。


注意は無限に使えるものではない

注意という言葉から、私は懐中電灯の光をイメージすると分かりやすいと思います。

暗い場所で懐中電灯を一か所に向けると、その場所はよく見えます。

しかし、そこを明るく照らしているからといって、周囲すべてが同じように見えるわけではありません。

人間の注意にも、これと似たところがあります。

あるものに注意を向けることで、その情報は詳しく処理できます。

しかし、その代わりに、ほかの情報への注意が弱くなることがあります。

だから、

「注意力が足りない」

という言葉だけでは問題の本質を捉えられないことがあります。

人間の注意そのものに限界があるからです。


「注意すれば事故は防げる」の落とし穴

安全教育では、

「周囲に十分注意しましょう」
「よく確認して作業しましょう」
「集中して作業しましょう」

という言葉をよく使います。

もちろん間違いではありません。

しかし、それだけで安全を確保しようとすると問題があります。

人間は、

  • すべてを見ることができない
  • すべてに同時に注意を向けられない
  • 注意を長時間維持することも難しい
  • 一つに集中すると、ほかの情報を見落とすことがある

という特徴を持っています。

これは「だらしない人」だけに起こることではありません。

経験豊富なベテランにも、新人にも、私にも皆さんにも起こります。

だからこそ安全管理では、

「人間だから見落とすことがある」

というところから考える必要があります。


「もっと注意しろ」から「どうすれば気づけるか」へ

指差呼事故が起きたあと、

「次から注意するように」

だけで終わらせてしまうと、人間の注意力に安全を任せることになります。

そうではなく、

どうすれば、人間の認知能力の限界を補えるのか。

ここまで考える必要があります。

例えば、

  • 指差呼称をする
  • チェックリストを使う
  • 確認する場所や順番を決める
  • 作業前に危険箇所を共有する
  • 一度作業を止めて周囲を見る
  • お互いに声を掛け合う

といった方法です。

私が安全教育で勧めている「Stop-Look-Think」もその一つです。

Stop――いったん止まる。
Look――周囲を見る。
Think――このままで大丈夫か考える。

作業の流れを一度止めることで、自分が今どこに注意を向けているのかを見直します。

これは、自分の考え方や注意の状態を一段上から見る「メタ認知」にもつながります。


指差呼称にも意味がある

指差呼称も、「ヨシ!」と言えば事故がなくなるという魔法ではありません。

大切なのは、

確認する対象へ意識的に注意を向け直すこと

です。

目で見る。
指を差す。
声に出す。
耳で自分の声を聞く。

複数の行動を組み合わせることで、何となく見るだけではなく、確認対象へ注意を向けます。

人間の注意には限界がある。

だからこそ、その限界を人間の行動や仕組みで補うのです。


人間の限界を知ることが「予防安全」につながる

私は、人間の認知能力に限界があることを、悲観的に考える必要はないと思っています。

むしろ、

限界を知っているから、先に対策ができます。

「人間は見落とすことがある」

と分かっていれば、見落とさない仕組みを考えられます。

「注意には限界がある」

と分かっていれば、注意力だけに頼らない安全管理を考えられます。

「人間は間違える」

というところで話を終わらせるのではありません。

人間には認知の限界がある。
その限界を知る。
限界を行動や仕組みで補う。
そして、事故になる前に防ぐ。

これが、認知心理学を安全管理に生かす大きな意味だと考えています。

今回から、人間の「見る」「注意する」「覚える」「判断する」といった働きを一つずつ取り上げながら、人間の限界を知ることで事故を未然に防ぐ「予防安全」について考えていきたいと思います。

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