
――「見たはずなのに」が起こる人間の認知
これまで3回にわたって、人間の「見る」「注意する」という働きについて考えてきました。
第1回では、人間は周囲のすべての情報を処理できないこと。
第2回では、「目に入っている」ことと「認識している」ことは違うこと。
第3回では、人間が使える注意には容量があり、一つのことに多くの注意を使えば、ほかへ向けられる注意が少なくなることを取り上げました。
ここまで読むと、
「では、意識して注意を向ければ見落としは防げるのではないか」
と思うかもしれません。
ところが、人間の認知はそれほど単純ではありません。
注意しているつもりでも、重要なものを見落とすことがあります。
今回は、この人間の特徴について考えてみます。
「確認しました」という言葉
現場で何か問題が起きたとき、
「確認したのか?」
と聞くことがあります。
すると、
「確認しました」
という答えが返ってくる。
しかし、実際には見落としがあった。
そうすると、
「確認したと言っているけれど、本当は見ていなかったのではないか」
と思ってしまいます。
もちろん、本当に確認していなかった場合もあるでしょう。
しかし、
本人は確認したつもりだったのに、必要な情報を認識できていなかった
ということも考えなければなりません。
「見る」という行動と、「必要なものに気づく」という結果は、必ずしも同じではないからです。
いつもの場所を確認しているのに
例えば、作業前に機械を点検するとします。
毎日行っている点検です。
「ここを見る」
「次にここを見る」
「最後にここを確認する」
順番も覚えています。
その日も、いつも通り点検しました。
ところが、いつもと違う場所に異常があった。
点検した本人は、その異常を見落としてしまいました。
後から写真を見ると、
「こんなにはっきりしているのに、なぜ気づかなかったのか」
と思います。
しかし本人は、
「異常を探している」というより、「いつもの確認をしている」状態になっていた
可能性があります。
目はそこを通っている。
しかし、脳が重要な情報として拾っていない。
このようなことが人間には起こります。
私たちは「何を見るか」を予測している
人間は、ただ受け身で周囲を見ているわけではありません。
これまでの経験から、
「ここには、これがあるはずだ」
「次には、こうなるだろう」
と予測しながら周囲を見ています。
これは普段の生活では、とても便利な能力です。
毎朝、自宅から駅へ向かうときに、道路や建物を一つひとつ初めて見るように確認していたら大変です。
いつもの道。
いつもの交差点。
いつもの駅。
私たちは過去の経験を使いながら効率よく行動しています。
しかし安全では、この「いつも通り」という予測が見落としにつながることがあります。
「あるはず」と「ないはず」
例えば、
「ここには資材は置かれていないはず」
と思って歩いている。
しかし、その日に限って資材が置かれていた。
「この通路から人は出てこないはず」
と思っている。
しかし、別業者の作業員が突然出てきた。
「この機械は止まっているはず」
と思って近づく。
しかし、別の人が操作を始めた。
現場は常に同じではありません。
昨日まで正しかった予測が、今日も正しいとは限りません。
特に建設現場では、作業の進捗によって環境が毎日のように変化します。
だから、
「いつもこうだから」という認識と、実際の現場がずれる瞬間
が危険になります。
探しているものによって見え方が変わる
例えば、工具箱の中からスパナを探しているとします。
頭の中には「スパナ」という目的があります。
すると、たくさんの工具が入っていても、スパナを中心に探します。
これは非常に効率的です。
しかし安全確認では、この効率の良さが問題になることがあります。
「ボルトが緩んでいないか確認する」
という目的だけで機械を見る。
すると、ボルトには注意が向きます。
しかし、そのすぐ横にあるコードの傷には気づかないかもしれません。
「足場の手すりを確認する」
ことだけに意識が向けば、足元の小さな開口部への注意が弱くなるかもしれません。
つまり、
何かを探すということは、それ以外のものを見落とす可能性も生み出します。
「ちゃんと確認したのか?」だけでは足りない
このような人間の特徴を考えると、事故後の聞き取りも変わってきます。
「確認したのか?」
だけではなく、
「どこを確認していましたか?」
「そのとき、何を探していましたか?」
「何があると思っていましたか?」
「普段と違うところはありませんでしたか?」
と聞く。
すると、
本人がどこへ注意を向け、何を認識していたのか
が少しずつ見えてきます。
これは誰かを責めるためではありません。
次に同じ見落としを起こさない仕組みを考えるためです。
現場は「変化する場所」である
特に建設現場では、この視点が重要です。
昨日まで通れた場所が、今日は通れない。
朝にはなかった資材が、昼には置かれている。
午前中にはいなかった重機が、午後には入っている。
別業者が作業を始める。
足場が組み替えられる。
開口部ができる。
作業工程が進めば、現場環境は変わります。
ところが人間の頭の中には、
「さっきまでの現場」
が残っています。
現実は変化しているのに、自分の認識が追いついていない。
このずれをどう防ぐか。
ここにも予防安全のヒントがあります。
一度見たから大丈夫、ではない
朝礼後に現場を確認した。
だから今日一日は大丈夫。
とは限りません。
午前10時には状況が変わっているかもしれません。
昼休みが終われば、さらに変わっているかもしれません。
だから安全確認は、
一日の最初に一度行えば終わりではありません。
作業が変わったとき。
人が変わったとき。
重機が入ったとき。
資材が搬入されたとき。
天候が変わったとき。
予定と違うことが起きたとき。
こうした「変化」をきっかけに、もう一度周囲を見ることが必要です。
「変化」を合図にする
ここで大切なのは、
「常に注意し続けよう」
と考えないことです。
第3回で説明したように、人間の注意には限界があります。
一日中、すべての変化に注意し続けることはできません。
そこで、
変化が起きたら、一度止まる
というルールを作ります。
例えば、
「作業が変わった」
「人が増えた」
「機械が入った」
「場所が変わった」
「予定が変わった」
そのときに、
Stop-Look-Think
です。
Stop――いったん作業を止める
まず、今までの流れを一度止めます。
人間は作業を続けていると、それまでの状況を前提として行動しやすくなります。
だから、環境が変化したときこそ、
意識的に流れを切る
ことが重要です。
Look――「変わったところ」を見る
ただ周囲を見るのではありません。
「何が変わったのか」
という視点で見ます。
朝と今では何が違うのか。
さっきまでと何が違うのか。
人は増えていないか。
物の位置は変わっていないか。
重機の動線は変わっていないか。
足元は変化していないか。
目的を持って見ることで、注意の向け先が明確になります。
Think――自分の認識を更新する
最後に考えます。
「今までと同じやり方で大丈夫か」
「新しい危険は生まれていないか」
「作業手順を変える必要はないか」
「ほかの人に伝える必要はないか」
現場が変わったなら、自分の頭の中にある現場の情報も更新しなければなりません。
私は、これもメタ認知の一つだと考えています。
「自分が見ている現場は、本当に今の現場なのか」
と、自分自身の認識を疑ってみるのです。
指差呼称も「見たつもり」を防ぐために使う
指差呼称についても同じです。
毎日同じ場所で、
「ヨシ!」
と言っているだけでは、言葉そのものが習慣になってしまう可能性があります。
大切なのは、
何を見て「ヨシ」と言ったのか
です。
例えば、
「開口部養生、ヨシ!」
「通路、障害物なし、ヨシ!」
「重機停止、ヨシ!」
対象を具体的に見て、指を差し、声に出す。
指差呼称を単なる儀式にせず、注意を現実の対象へ戻すために使うことが重要です。
見落としを「本人の不注意」だけにしない
何かを見落としたとき、
「注意不足」
という言葉でまとめるのは簡単です。
しかし、それでは次の事故を防ぐための情報がほとんど残りません。
なぜ、そこへ注意が向かなかったのか。
別のものに集中していなかったか。
「そこには何もない」と思っていなかったか。
いつもの確認が形だけになっていなかったか。
現場が途中で変化していなかったか。
確認項目が多すぎなかったか。
ここまで考えて初めて、
人間の認知の特徴を踏まえた再発防止
につながります。
「注意する人」をつくるだけではなく、「気づける現場」をつくる
安全教育では、作業員の注意力を高めることも大切です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
危険な場所を分かりやすくする。
変化があれば共有する。
作業変更時には再確認する。
確認する対象を具体的にする。
チェックリストを活用する。
声を掛け合う。
一度止まって周囲を見る時間をつくる。
こうした仕組みを組み合わせることで、人間の認知限界を補うことができます。
目指したいのは、
「絶対に見落とさない人」をつくることではありません。
人間である以上、見落としを完全になくすことは難しいからです。
それよりも、
見落としが起こる可能性を前提として、それでも事故につながりにくい現場をつくる。
これが大切です。
人間の限界を知ることが予防安全になる
私たちは、自分が思っているほど周囲を完全には見ていません。
注意を向けても、すべてを認識できるわけではありません。
さらに、過去の経験や「こうなっているはず」という予測を使いながら周囲を見ています。
だから、
「見ました」
「確認しました」
という言葉だけでは、安全は保証できません。
重要なのは、
何を見たのか。
何に注意を向けたのか。
何が変化したのか。
そして、自分の認識を更新できたのか。
ということです。
「もっとよく見ろ」と人間に求め続けるのではなく、
人間は見落とすことがあるという前提で、気づける仕組みをつくる。
認知心理学を安全に生かす意味は、ここにあります。
事故が起きてから、
「なぜ見なかったのか」
と問うだけではなく、
事故が起きる前に、
「どうすれば気づけるだろうか」
と考える。
これが、私がこのシリーズで伝えたい予防安全です。
次回は、視覚だけではなく、作業中のさまざまな情報処理に目を向け、「人間は本当に二つのことを同時にできるのか」――マルチタスクと注意の分散について考えてみたいと思います。