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安全の心理学6 バイアス

バイアス

2026.10.19

バイアスから逃れられない私たち

――知っていても、だまされる人間の脳

■ まずは、次の2本の線を見てください

皆さんに、最初に一つの図を見てもらいたいと思います。

矢印のような形が両端についた、2本の横線です。

さて、中央の横線は、上と下のどちらが長く見えるでしょうか。

実は、この2本の横線は、まったく同じ長さなのです。

「そんなはずはない」と思う方もいるでしょう。

しかし、実際に定規で測れば、同じ長さであることが分かります。

これは、心理学でよく知られている「ミュラー・リヤー錯視」という現象です。

不思議なのは、ここからです。

同じ長さだと説明されても、やはり違う長さに見えてしまいませんか。

■ 分かっていても、脳はだまされる

ミュラー・リヤー錯視が教えてくれるのは、人間の脳には、知識や意思だけでは簡単に変えられない働きがあるということです。

私たちは、目に入ってきた情報を、そのまま正確に見ているわけではありません。

脳が情報を処理し、意味づけすることによって、物を見ています。

そのため、実際には同じ長さであっても、周囲の形によって違って見えることがあります。

しかも、錯視の仕組みを理解したからといって、必ずしも見え方が変わるわけではありません。

ここに、人間の認知の面白さと限界があります。

■ 認知バイアスも、人間の脳の特徴

これまでの連載では、システム1とシステム2について説明してきました。

システム1は、素早く、自動的に判断する働きです。一方、システム2は、意識してじっくり考える働きです。

私たちは、普段の生活や仕事の中で、経験や習慣を利用しながら、効率よく判断しています。

しかし、その判断が、いつも正しいとは限りません。

過去の経験や先入観、思い込みなどによって、物事の判断に偏りが生まれることがあります。

これを「認知バイアス」といいます。

例えば、こんな考え方です。

  • 「今まで事故がなかったから、今日も大丈夫だろう」
  • 「自分は経験が豊富だから、間違えるはずがない」
  • 「この作業は何度もやっているから、安全に決まっている」

どれも、特別な人だけが考えることではありません。

認知バイアスは、誰にでも生じるものなのです。

なお、先ほどのミュラー・リヤー錯視は、厳密には視覚の錯視であり、認知バイアスそのものとは異なります。しかし、人間の認知には、自分の意思だけでは変えにくい働きがあることを理解するための、分かりやすい事例になります。

■ バイアスをなくすことはできない

ここで、ぜひ覚えていただきたいことがあります。

私たちは、認知バイアスから完全に逃れることはできません。

心理学を学んでいる人であっても、認知バイアスの影響を受けます。

では、どうすればよいのでしょうか。

私は、まず「バイアスを知ること」が大切だと考えています。

ミュラー・リヤー錯視も、仕組みを知らなければ、見た目だけで長さを判断してしまいます。

しかし、錯視の存在を知っていれば、「見た目だけでは分からない。測って確かめよう」と考えることができます。

認知バイアスも同じです。

「いつも大丈夫」という気持ちが生まれたときに、正常性バイアスの存在を知っていれば、自分の判断を見直すきっかけになります。

もちろん、知っているだけで間違いを防げるわけではありません。

知ったうえで、確認する行動につなげることが必要なのです。

■ 安全管理に必要なのは、自分の判断を疑うこと

建設現場や製造現場でも、毎日さまざまな判断が行われています。

「この足場は大丈夫だろう」
「この機械なら問題ないだろう」
「少しぐらい手順を省いても大丈夫だろう」

こうした判断の中に、思い込みが入り込んでいる可能性があります。

だからこそ、私は以前から「Stop-Look-Think」を勧めています。

一度立ち止まり、周囲をよく見て、考える。

「本当に大丈夫なのか」
「何か見落としていないか」
「自分の判断に思い込みはないか」

このように、自分自身の考え方を見つめ直すことを、心理学では「メタ認知」と呼びます。

ただし、人間の注意力だけに頼るのではなく、作業手順やチェックリスト、仲間との確認なども組み合わせることが大切です。

■ バイアスを知ることが、安全への第一歩

人間は、誰でも思い込みをします。

どれほど経験を積んでも、どれほど注意していても、認知バイアスを完全になくすことはできません。

だからといって、何もできないわけではありません。

バイアスをなくすことはできない。しかし、バイアスを知ることで、自分の判断を見直すことはできる。

この考え方が、安全な行動への第一歩になります。

今週は、現場の安全に深く関係する認知バイアスを、身近な事例とともに紹介していきます。

明日は、「いつも大丈夫だから、今日も大丈夫」と考えてしまう「正常性バイアス」について考えてみましょう。

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