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安全の心理学7 正常性バイアス

バイアス

2026.10.20

「いつも大丈夫だから、今日も大丈夫」の落とし穴

誰しもが経験する

■ 大雨が降っているのに、なぜ避難しないのか

大雨が降り続き、テレビやスマートフォンから避難を呼びかける情報が流れています。

ところが、こんなことを考える人がいます。

「この地域では、今まで大きな被害はなかった」

「前にも大雨が降ったけれど、何も起きなかった」

「今回も、きっと大丈夫だろう」

そして、避難することなく、いつもどおりの生活を続けてしまいます。

結果として、河川が氾濫したり、土砂災害が発生したりして、避難が難しくなることがあります。

なぜ、人は危険が迫っているにもかかわらず、その危険を小さく考えてしまうのでしょうか。

そこには、正常性バイアスと呼ばれる心理が関係している可能性があります。

■ 正常性バイアスとは何か

正常性バイアスとは、異常な出来事が起きても、その危険性を小さく考え、普段と変わらない状態だと受け止めようとする心理的な傾向です。

人間は、日常生活で起こる小さな変化のすべてに反応しているわけではありません。

もし、少しの物音や小さな変化のたびに危険を感じていたら、落ち着いて生活することも、仕事をすることも難しくなります。

そのため、私たちの脳には、多少の変化を普段の出来事として処理する働きがあります。

この働き自体が悪いわけではありません。

問題は、本当に危険な異常まで「いつものこと」と判断してしまう場合があることです。

例えば、火災報知器が鳴っても、「また誤作動だろう」と考えてしまう。

機械から普段と違う音がしても、「少し調子が悪いだけだろう」と考えてしまう。

こうした判断の背景にも、正常性バイアスが関係することがあります。

■ 「今まで大丈夫だった」は、安全の証明ではない

建設現場でも、同じようなことが起こります。

例えば、足場の上で作業をしているとします。

いつも使っている足場ですが、今日は床材に少しぐらつきがあります。

作業員は、その異常に気づいています。

しかし、「昨日まで何ともなかったし、今日も大丈夫だろう」と考えて、そのまま作業を続けてしまうかもしれません。

実際には、足場の状態が変化している可能性があります。

ここで必要なのは、これまで事故が起きなかったという経験ではなく、今、目の前にある異常を確認することです。

「今まで事故がなかった」という事実は、「これからも事故が起きない」という保証にはなりません。

これは、建設業だけでなく、製造業や運送業など、あらゆる職場に共通します。

■ システム1は、過去の経験から素早く判断する

先週までの連載で説明したシステム1とシステム2を思い出してください。

システム1は、経験や習慣を利用して素早く判断する働きです。

いつもと似た状況に出会うと、過去の経験から「今回も同じだろう」と判断することがあります。

これは、普段の仕事を効率よく進めるうえで役立ちます。

しかし、過去と現在の状況が違っている場合には、その判断が危険につながることがあります。

だからこそ、異常を感じたときには、システム2による慎重な確認が必要になります。

「いつもと何が違うのか」

「このまま続けると、どうなるのか」

「安全を確認できているのか」

こうした問いを自分自身に投げかけることが大切です。

ただし、緊急時に毎回じっくり考えていては、間に合わないこともあります。危険を知らせる警報が出たときには、事前に決めた手順に従って、速やかに行動することが必要です。

■ バイアスを知っていれば、判断を見直せる

昨日の月曜日には、ミュラー・リヤー錯視を紹介しました。

同じ長さだと分かっていても、違う長さに見えてしまう現象です。

正常性バイアスも、知ったからといって完全になくせるわけではありません。

しかし、知っていることで、自分の判断を見直すきっかけをつくることができます。

例えば、「いつも大丈夫だから」と思ったときです。

「待てよ。これは正常性バイアスの影響ではないだろうか」

そう考えることができれば、もう一度状況を確認する機会が生まれます。

これは、私が以前から勧めている「Stop-Look-Think」につながります。

  • Stop(止まる)――いつもの判断で済ませず、一度立ち止まる。
  • Look(見る)――何が普段と違うのか、周囲の状況を確認する。
  • Think(考える)――本当に安全なのか、何をすべきかを考える。

ただし、明らかな危険が迫っている場合には、その場で考え続けるのではなく、まず安全な場所への退避など、必要な行動を取らなければなりません。

■ 自分だけでなく、仲間の判断も守る

正常性バイアスへの対策は、一人ひとりの注意だけでは十分ではありません。

例えば、作業員が設備の異常に気づいても、職長や上司に報告しにくい職場だったらどうでしょうか。

「この程度で作業を止めたら怒られるかもしれない」

「みんなが大丈夫と言っているから、黙っておこう」

このような職場では、異常が見過ごされる可能性があります。

だからこそ、普段から小さな異常でも報告できる職場づくりが必要なのです。

異常があれば作業を止める。確認する。必要な対策を取ってから再開する。

このような行動を、当たり前にできる職場が安全な職場だと考えます。

■ 「今日も大丈夫」と決めつけない

正常性バイアスは、誰にでも生じる可能性があります。

長年の経験があるベテラン作業員も例外ではありません。

大切なのは、自分は正常性バイアスに陥らないと思うことではなく、自分にも起こり得ると理解しておくことです。

昨日まで安全だったからといって、今日も同じとは限りません。

天候も、設備も、作業環境も、人の体調も、日々変化しています。

「いつも大丈夫」は、今日の安全を保証してくれません。

だからこそ、変化に気づき、必要な確認をすることが大切なのです。

明日は、「自分の考えは正しい」と思い込んでしまう「確証バイアス」について考えます。

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