
―楽観バイアス―
■ 危険だと分かっていても、なぜ行動するのか
通勤途中、スマートフォンを操作しながら歩いている人を見かけます。
前を十分に見ないで歩けば、人にぶつかったり、転倒したりする危険があることは、多くの人が知っているはずです。
それでも、歩きスマホを続ける人がいます。
自動車を運転しながらスマートフォンを操作する人も、残念ながら見かけます。
運転中のスマートフォン操作が危険であることを知らないわけではないでしょう。
では、なぜ危険な行動を取るのでしょうか。
その理由の一つとして考えられるのが、楽観バイアスです。
■ 楽観バイアスとは何か
楽観バイアスとは、ほかの人と比べて、自分には悪い出来事が起こりにくいと考えてしまう心理的な傾向です。
例えば、交通事故のニュースを見れば、事故が起こることは理解できます。
しかし、自分が運転するときには、
「自分は運転に慣れている」
「少しぐらいなら問題ない」
「事故を起こすのは、運転が下手な人だ」
と考えてしまうことがあります。
ここで注意したいのは、危険を知らないことと、危険を自分自身の問題として受け止めていないことは違うという点です。
楽観バイアスでは、危険の存在を知っていても、自分に起こる可能性を実際より低く見積もってしまうことがあります。
もちろん、危険な行動のすべてが楽観バイアスによるものではありません。
時間を短縮したい、面倒な作業を省きたい、周囲に合わせたいなど、さまざまな理由があります。
しかし、危険性を軽く考える心理が、不安全行動を後押しする場合があるのです。
■ 事故にならなかった経験が、油断を生む
建設現場で、少し高い場所にある資材を取る場面を考えてみましょう。
本来は、適切な作業床や昇降設備を使用する必要があります。
ところが、作業員は「少し手を伸ばせば届く」と考え、不安定な場所から資材を取ろうとします。
危険なことは理解しているかもしれません。
それでも、「自分はバランスを崩さない」「これまでも大丈夫だった」と判断してしまうのです。
そして、事故が起こらなければ、次も同じ行動を取る可能性があります。
ここには、もう一つ重要な問題があります。
危険な行動をしても事故にならなかった経験が、その行動を続ける理由になってしまうことです。
「前回も大丈夫だった」
「今回も何も起きなかった」
その経験を重ねるうちに、危険を感じにくくなることがあります。
しかし、事故が起きなかったことと、安全な行動だったことは同じではありません。
たまたま事故にならなかっただけかもしれないのです。
■ 正常性バイアス、確証バイアスとの違い
今週は、すでに二つのバイアスを紹介しました。
火曜日の正常性バイアスは、異常が起きても「大したことはない」「いつもと変わらない」と受け止めてしまう傾向でした。
水曜日の確証バイアスは、自分の考えを支持する情報を重視し、反対の情報を軽視してしまう傾向でした。
そして、今日の楽観バイアスは、自分自身に悪い出来事が起こる可能性を、ほかの人より低く考えてしまう傾向です。
例えば、危険な作業方法を続けている作業員がいたとします。
「これぐらいは異常ではない」と考えることには、正常性バイアスが関係するかもしれません。
「以前もこの方法で問題なかった」という情報ばかりを重視することには、確証バイアスが関係するかもしれません。
そして、「ほかの人は事故を起こしても、自分は大丈夫」と考えることには、楽観バイアスが関係するかもしれません。
このように、実際の行動では、複数のバイアスが重なって働くことがあります。
■ システム1による判断が習慣になる
これまで学んだシステム1とシステム2の考え方も、ここで思い出してください。
最初は危険だと感じていた行動でも、何度も繰り返すうちに慣れてしまうことがあります。
そして、その行動を深く考えずに行うようになる場合があります。
つまり、繰り返された不安全行動が、システム1による習慣的な行動になってしまう可能性があるのです。
これは、労働安全を考えるうえで非常に重要な問題です。
人間は、毎回すべての行動をシステム2で考えながら実行しているわけではありません。
だからこそ、危険な行動を習慣にしないことが必要です。
反対に、作業前の確認や指差呼称など、安全な行動を繰り返して習慣にすることができれば、日常の安全を支える力になります。
■ 「自分も事故に遭うかもしれない」と考える
では、楽観バイアスの影響を小さくするには、どうすればよいのでしょうか。
まず必要なのは、楽観バイアスという心理が自分にもあることを知ることです。
「自分は大丈夫」と感じたときこそ、一度立ち止まって考えてみましょう。
「何を根拠に大丈夫だと思っているのか」
「事故が起きなかったことを、安全だった証拠にしていないか」
「もし自分が事故に遭うとしたら、どのような状況だろうか」
このような問いかけが大切です。
私が勧めているStop-Look-Thinkも役立ちます。
- Stop(止まる)――慣れや自信だけで行動せず、一度立ち止まる。
- Look(見る)――今の作業環境や危険な箇所を確認する。
- Think(考える)――自分にも事故が起こり得ることを踏まえ、安全な方法を選ぶ。
また、自分の注意力だけに頼らず、安全設備や作業手順を守り、仲間と確認し合うことも必要です。
■ 自信を持つことと、過信することは違う
仕事に自信を持つことは大切です。
経験を積み、技術を身につければ、仕事の効率も品質も向上します。
しかし、自信と過信は違います。
自信がある人は、自分の能力を信じながらも、危険を確認し、必要な対策を取ることができます。
一方、過信してしまうと、確認を省いたり、危険な方法を選んだりする可能性があります。
経験豊富な作業員であっても、事故に遭わない保証はありません。
むしろ、経験があるからこそ、自分の判断を見直す姿勢を大切にしてほしいと思います。
■ 「自分だけは大丈夫」と思ったときが大切
人間は、誰でも自分に悪い出来事が起きるとは考えたくないものです。
楽観的に考えることが、日々の生活を前向きにする場合もあります。
しかし、安全に関する判断では、その楽観的な考え方が危険につながることがあります。
「自分だけは大丈夫」という気持ちが生まれたときこそ、自分の判断を見直す必要があります。
これまで説明してきたように、認知バイアスを完全になくすことはできません。
だからこそ、まずバイアスを知ることが大切なのです。
明日は、今週紹介した認知バイアスを振り返りながら、メタ認知とStop-Look-Thinkによって、どのように安全な行動につなげていくのかを考えます。