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安全の心理学10 バイアスを知ることが、安全への第一歩

バイアス

2026.10.23

―メタ認知とStop-Look-Think―

■ 分かっていても、だまされる人間の脳

今週の月曜日に、ミュラー・リヤー錯視を紹介しました。

矢印のような形が両端についた2本の横線です。

実際には同じ長さなのに、違う長さに見えてしまう現象でした。

しかも、不思議なことに、同じ長さだと説明されても、違って見えることがあります。

人間の脳には、自分の意思だけでは簡単に変えられない働きがあるのです。

この錯視は、厳密には認知バイアスとは異なります。しかし、人間の認知には限界があることを理解するうえで、分かりやすい例になります。

今週は、そんな人間の脳の特徴を踏まえながら、3種類の認知バイアスを紹介してきました。

では、認知バイアスを学んだ私たちは、これからどのように行動すればよいのでしょうか。

■ 認知バイアスは、誰にでもある

火曜日には、正常性バイアスについて説明しました。

「いつも大丈夫だから、今日も大丈夫」

異常が起きていても、危険を小さく考えてしまう心理でした。

水曜日には、確証バイアスを取り上げました。

「自分の考えは正しい」

そう思うと、自分の考えを裏づける情報ばかりを重視し、反対の情報を軽視してしまうことがあります。

そして木曜日には、楽観バイアスを紹介しました。

「ほかの人は事故に遭うかもしれないが、自分は大丈夫」

危険を理解していても、自分自身に事故が起きる可能性を低く考えてしまう心理です。

この3種類のバイアスは、独立して働くとは限りません。

例えば、危険な作業を続けているときに、「いつもと変わらない」と考え、事故にならなかった経験ばかりを思い出し、さらに「自分なら大丈夫」と判断することもあるでしょう。

人間の判断には、さまざまな偏りが入り込む可能性があるのです。

■ 知っていても、バイアスはなくならない

ここで、今週の連載で最も伝えたかったことを、もう一度確認したいと思います。

私たちは、認知バイアスから完全に逃れることはできません。

心理学を学んだからといって、認知バイアスがなくなるわけではありません。

経験豊富な作業員も、現場を管理する職長も、安全管理の専門家も例外ではありません。

では、認知バイアスについて学ぶ意味はないのでしょうか。

決してそうではありません。

私は、まずバイアスの存在を知ることが大切だと考えています。

「自分も思い込みで判断することがある」

「自分の経験が、かえって判断を偏らせることがある」

こうした人間の特徴を知っていれば、自分の判断を見直すきっかけが生まれます。

ただし、知識があるだけで、必ず正しい判断ができるわけではありません。

バイアスを知り、その影響を考え、確認する行動につなげること。

そこまで進んで、初めて安全管理に役立つ知識になるのです。

■ 自分の考えを、もう一人の自分が見つめる

ここで重要になるのが、メタ認知です。

メタ認知とは、自分が何を考え、どのように判断しているのかを、自分自身で見つめ直す働きです。

少し難しく聞こえるかもしれませんが、特別なことではありません。

例えば、作業前に「この作業は何度も経験しているから大丈夫」と考えたとします。

そのとき、もう一度自分に問いかけてみるのです。

「なぜ大丈夫だと思ったのだろう」

「昨日と今日で、作業条件は変わっていないだろうか」

「危険な部分を見落としていないだろうか」

こうして自分の判断を振り返ることが、メタ認知の実践になります。

自分の考えを、もう一人の自分が少し離れたところから見つめるようなイメージです。

人間は、自分の判断の偏りに気づきにくいものです。

だからこそ、意識して問い直す習慣が必要なのです。

■ Stop-Look-Thinkを習慣にする

私は、安全行動の基本として、Stop-Look-Thinkを勧めています。

  • Stop(止まる)――いつもの思い込みで判断せず、一度立ち止まる。
  • Look(見る)――周囲の状況や変化を、もう一度よく確認する。
  • Think(考える)――今の判断は本当に正しいのか、どのように行動すべきかを考える。

例えば、現場で作業を始めようとしたときです。

昨日と同じ場所、同じ作業、同じ作業員だからといって、今日も同じ条件とは限りません。

足元の状態が変わっているかもしれません。

使用する機械の調子が違うかもしれません。

ほかの業者の作業と重なっているかもしれません。

そこで一度立ち止まり、変化を確認する。

そして、安全な作業方法を考える。

この小さな行動の積み重ねが、安全を支えることになります。

ただし、危険が差し迫っている場合は、立ち止まって考え続けるのではなく、直ちに退避するなど、あらかじめ決められた安全行動を取ることが必要です。

■ 人間の注意力だけに頼らない安全管理

もう一つ大切なことがあります。

それは、認知バイアスへの対策を、一人ひとりの注意だけに任せないことです。

「もっと注意しなさい」

「しっかり確認しなさい」

これだけでは、十分な安全対策とはいえません。

人間には、誰にでも認知の限界があります。

だからこそ、作業手順書やチェックリスト、指差呼称、危険予知活動などを活用する必要があります。

また、自分では気づかなかった危険を、仲間が見つけてくれることもあります。

「ここは危険ではありませんか」

「いつもと少し違いませんか」

こうした声を、経験や立場に関係なく伝えられる職場が大切です。

そして、指摘を受けた側も、自分の判断を否定されたと受け止めるのではなく、安全のための大切な情報として確認する必要があります。

認知バイアスは一人では気づきにくいからこそ、仲間と確認し合う仕組みが役立つのです。

■ 気づくことが、次の行動を変える

今週学んだ3種類のバイアスを思い出してください。

正常性バイアスを知っていれば、「いつも大丈夫」という判断を見直すきっかけになります。

確証バイアスを知っていれば、自分の考えに反する情報にも目を向けようとすることができます。

楽観バイアスを知っていれば、「自分だけは事故に遭わない」という思い込みを疑うことができます。

もちろん、毎回うまくいくとは限りません。

それでも、自分の判断を見直す機会を増やすことには意味があります。

そして、この「気づく」という働きは、次の安全行動へとつながっていきます。

■ 来週は、レジリエンスを考える

ここまでの連載では、人間がどのように判断し、どのような思い込みを持つのかを学んできました。

では、現場の状況が変化したとき、私たちはどのように対応すればよいのでしょうか。

いつもと違うことに気づく。

このまま作業を続けるとどうなるかを予測する。

必要な対策を考え、安全な方法に切り替える。

そして、その経験から学び、次の仕事に生かす。

これは、来週から取り上げる「レジリエンス」という考え方につながります。

レジリエンスとは、変化する状況に対応しながら、仕事を安全に進めるための能力です。

今週学んだ認知バイアスの知識は、その土台の一つになります。

■ バイアスを知ることが、安全への第一歩

人間はミスをします。

そして、人間は認知バイアスから完全に逃れることもできません。

だからこそ、人間の特徴を理解し、その限界を補う安全管理が必要なのです。

バイアスをなくすことはできない。しかし、バイアスを知ることで、自分の判断を見直すことはできる。

このことを、今週の5回シリーズを通して覚えていただければと思います。

大切なのは、思い込みをしない人間になることではありません。

思い込みがあることを理解し、気づき、必要な確認や行動につなげることです。

その積み重ねが、日々の安全を支えていくのだと考えます。

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