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安全の心理学17  分かっているのに間違える――ストループ効果

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2026.11.03

人間の脳は、思いどおりに動くとは限らない

昨日は「見えないゴリラ実験」を紹介しました。人間は目を開けて見ていても、注意を向けていないものには気づかないことがある、という実験でした。

今日は、もう一つ興味深い心理学実験を紹介します。

皆さんは、正しい答えが分かっているのに、なぜか間違えてしまった経験はありませんか。

例えば、考えていることとは違う言葉が口から出てしまったり、いつもの習慣で、するつもりのなかった行動をしてしまったりすることがあります。

こうした人間の特徴を理解するうえで参考になるのが、今回紹介する「ストループ効果」です。

文字を読まずに、色を答えてください

まず、簡単な実験をしてみましょう。

次の文字を見て、書かれている言葉ではなく、文字の色を答えてください。

例えば、「赤」という文字が青色で書かれていたら、答えは「赤」ではなく「青」です。

実際に試してみると、文字の意味と色が一致している場合は、比較的簡単に答えられます。

ところが、文字の意味と色が違っていると、少し答えにくくなります。

「赤」と書かれているのに青色で表示されていると、つい「赤」と答えそうになるのです。

これは、文字を読むことが、私たちにとって非常に慣れた行動だからです。

私たちは普段、文字を見ると、特に意識しなくてもその意味を読み取っています。そのため、文字の色だけを答えようとしても、文字の意味が判断に入り込んでしまうのです。

ストループ効果とは何か

この現象は、心理学者ジョン・リドリー・ストループが1935年に発表した研究で広く知られるようになりました。

ストループ効果とは、文字の意味とインクの色など、異なる情報が競合することで、反応が遅くなったり、間違いが増えたりする現象です。

ここで重要なのは、実験に参加した人が、文字の色を答えるという課題を理解していることです。

何をすればよいか分かっているにもかかわらず、慣れた文字の読み取りが邪魔をしてしまいます。

つまり、正しい行動を理解していることと、その行動を間違いなく実行できることは、同じではないのです。

人間の脳には、繰り返し経験することで、意識しなくても素早く処理できるようになる働きがあります。

この働きは、普段の生活を効率よく進めるために欠かせません。しかし、状況によっては、意識して行おうとする別の行動を妨げることがあります。

システム1とシステム2の関係

以前の連載で、人間の思考にはシステム1とシステム2という2つの働きがあることを説明しました。

システム1は、素早く、自動的に判断する働きです。一方、システム2は、意識的に注意を向け、考えながら判断する働きです。

ストループ効果は、この2つの働きを理解するうえでも参考になります。

文字を見ると、その意味を自動的に読み取ろうとします。一方、文字の意味を無視して色を答えるには、意識的に注意を向ける必要があります。

そのため、文字の意味と色が一致しない場合には、判断に時間がかかることがあります。

ただし、ストループ効果をシステム1とシステム2だけで完全に説明できるわけではありません。ここでは、人間の自動的な処理と意識的な判断が、必ずしも一致しないことを理解していただきたいと思います。

建設現場にもある自動的な行動

では、このような脳の働きは、建設現場の安全とどのような関係があるのでしょうか。

例えば、長年同じ機械を使用している作業員を考えてみます。

操作に慣れてくると、一つひとつの動作を細かく考えなくても、機械を扱えるようになります。

これは経験によって身についた能力であり、作業を効率よく進めるために役立っています。

しかし、いつもと違う機械を使用する場合には注意が必要です。

操作スイッチの位置や動く方向が違っていても、慣れた操作を無意識に行ってしまう可能性があります。

頭では新しい機械の操作方法を理解していても、長年の習慣によって、以前の操作をしてしまうことがあるのです。

もちろん、こうした操作間違いはストループ効果そのものではありません。ストループ効果は、あくまでも異なる情報が競合することで生じる現象です。

しかし、慣れた自動的な反応が、意図した行動を妨げることがあるという点では、共通する人間の特徴を考えることができます。

「分かっているのに間違えた」をどう考えるか

事故やヒューマンエラーが発生したとき、「作業手順を知っていたのに、なぜ間違えたのか」と考えることがあります。

そして、「もっと注意しなければならない」「教育を徹底しよう」という対策になりがちです。

しかし、人間は正しい知識を持っていても、必ずそのとおりに行動できるわけではありません。

例えば、機械の操作方法が変更された場合、変更内容を説明するだけでなく、実際に操作を確認することが必要です。

似たようなスイッチが並んでいるのであれば、表示を分かりやすくする、誤操作しにくい配置にするなど、設備側の対策も考えなければなりません。

また、慣れた機械とは違うことを作業前に確認し、操作の際には一度立ち止まることも有効です。

大切なのは、人間の注意力や記憶力だけに頼らず、間違いが起こりにくい環境を整えることです。

これは、昨日の「見えないゴリラ実験」とも共通しています。

人間の能力には限界があります。その限界を理解したうえで、安全対策を考える必要があるのです。

指差呼称は、自動的な行動を見直す機会になる

私は、こうした人間の特徴を考えると、指差呼称の重要性も理解しやすくなると思います。

指差呼称は、確認する対象を目で見て、指を差し、声に出して確認する方法です。

例えば、機械を起動する前に、操作するスイッチや周囲の安全を確認する場面を考えてみます。

慣れた作業では、確認したつもりになり、そのまま操作してしまうことがあります。

そこで、確認する対象に意識を向け、指を差して声に出すことで、自動的な行動に一度区切りを入れることができます。

ただし、指差呼称そのものが形だけの習慣になってしまえば、十分な確認にはなりません。

何を確認するのか、なぜ確認するのかを理解して実施することが重要です。

以前から紹介しているStop・Look・Thinkも同じです。

一度止まり、対象を見て、これから行う操作や行動が正しいかを考える。

このような意識的な確認が、慣れによる思い込みや操作間違いを防ぐ助けになります。

もちろん、確認行動だけに頼るのではなく、設備の安全対策や作業手順の整備と組み合わせることが必要です。

人間の自動的な働きは、決して悪いものではない

ここまで、慣れた行動が間違いにつながる可能性について説明してきました。

しかし、私は、自動的な行動そのものが悪いとは考えていません。

私たちは、歩くことや文字を読むことなど、多くの行動を意識せずに行っています。

もし、すべての行動を一つひとつ考えながら行わなければならないとしたら、日常生活も仕事も非常に大変になるでしょう。

経験によって身についた自動的な判断や行動は、人間にとって必要な能力です。

問題になるのは、状況が変わっているにもかかわらず、以前と同じ行動を続けてしまうことです。

だからこそ、いつもと違う状況に気づき、必要に応じて意識的な判断に切り替えることが大切になります。

これは、先週説明したレジリエンスの「監視する力」や「対応する力」にもつながります。

自分の脳の特徴を知ることが、安全への第一歩

ストループ効果が教えてくれるのは、人間の脳は、私たちが思っているほど自由に制御できるわけではないということです。

正しいことを理解していても、慣れた反応が先に出てしまうことがあります。

だからこそ、間違えた人を責めるだけではなく、なぜ間違えやすい状況になっていたのかを考える必要があります。

機械の操作方法は分かりやすいか。変更点は十分に伝わっているか。確認する時間や環境は確保されているか。

こうしたことを考えるのが、安全管理の大切な役割です。

「分かっているから間違えない」のではありません。「分かっていても間違えることがある」という前提で、安全を考えることが必要なのです。

明日は、周囲の人の判断が自分の判断に影響する「アッシュの同調実験」を紹介します。自分では正しい答えが分かっていても、周囲の人が違う答えを選んだとき、私たちはどうするのでしょうか。

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