
自分の判断に自信がありますか
月曜日は「見えないゴリラ実験」、火曜日は「ストループ効果」を紹介しました。どちらも、人間の注意や判断が、自分の思っているほど正確ではないことを教えてくれる実験でした。
今日は少し違った角度から、人間の行動について考えてみたいと思います。
皆さんは、自分では間違っていると思っていても、周囲の人が同じことをしているために、それに合わせてしまった経験はありませんか。
例えば、会議で自分だけ違う意見を持っていても、ほかの人が全員同じ意見だったため、発言を控えてしまうことがあります。
建設現場でも、周囲の作業員が同じ作業方法を続けていると、「自分だけ違うことをするのは気が引ける」と感じることがあるでしょう。
このような人間の心理を明らかにした有名な研究が、今回紹介する「アッシュの同調実験」です。
明らかに違う長さの線を比べる実験
1950年代、アメリカの心理学者ソロモン・アッシュは、周囲の人の意見が個人の判断にどのような影響を与えるのかを調べました。
実験の内容は非常に簡単です。
参加者には、基準となる1本の線と、長さの異なる3本の線を見せます。そして、3本の中から基準の線と同じ長さのものを選んでもらいます。

答えは、誰が見ても比較的簡単に分かるものでした。
ところが、この実験には仕掛けがありました。
参加者は、ほかの数人と一緒に線の長さを答えることになっていましたが、実は本当の実験参加者は一人だけで、ほかの人たちは実験者に協力する役割を与えられていたのです。
その人たちは、あらかじめ決められた場面で、全員が同じ間違った答えを言うように指示されていました。
本当の参加者は、ほかの人たちが次々と間違った答えを言うのを聞いた後で、自分の答えを求められます。
さて、皆さんならどうするでしょうか。
自分の目で見た正しい答えを言うでしょうか。それとも、周囲の人に合わせてしまうでしょうか。
約3分の1が周囲の間違った答えに同調した
実験の結果は、興味深いものでした。
周囲の人たちが意図的に間違った答えを言う場面では、本当の参加者の回答の約3分の1が、その間違った答えに同調しました。
また、参加者の約4分の3は、実験中に少なくとも一度は周囲の誤答に合わせました。
ただし、全員が毎回同調したわけではありません。周囲に流されず、自分の判断を維持した人もいました。
ここで注目したいのは、線の長さを判断する能力が不足していたわけではないということです。
一人で答えれば、ほとんど間違えないような簡単な問題でした。それでも、周囲の人たちが全員違う答えを言うと、自分の判断に迷いが生じるのです。
このように、周囲の人の意見や行動に合わせようとする心理を「同調」と呼びます。
私たちは社会の中で生活しているため、周囲の人と協調することは必要です。しかし、周囲に合わせることが、必ずしも正しい判断につながるとは限りません。
なぜ人間は周囲に合わせてしまうのか
同調が起こる理由には、大きく分けて二つの働きがあります。
一つは、「周囲の人が正しいのではないか」と考えることです。
自分では正しいと思っていても、多くの人が違う答えを選ぶと、「自分の方が間違っているのかもしれない」と感じます。
もう一つは、「周囲から浮きたくない」という気持ちです。
自分の判断が正しいと思っていても、ほかの人と違う答えを言うことに抵抗を感じ、周囲に合わせてしまうのです。
これは、特別に意志が弱い人だけに起こる現象ではありません。
人間には、集団の中で周囲の行動を参考にし、協調しようとする傾向があります。
この働きは、集団で仕事を進めるうえでは役立ちます。しかし、周囲の人が間違った行動をしている場合には、危険な方向へ働くこともあるのです。
建設現場で不安全行動が当たり前になる理由
この実験は、建設現場の安全文化を考えるうえでも重要な意味を持っています。
例えば、ある現場で、作業員が決められた保護具を使用せずに作業していたとします。
本来であれば、必要な保護具を着用しなければなりません。しかし、周囲の作業員も同じように保護具を使用していなければ、新しく入った作業員はどう考えるでしょうか。
「この現場では、これが普通なのだろう」
そう受け止めてしまう可能性があります。
また、危険な作業方法を見かけても、ほかの作業員が誰も注意していなければ、「自分が口を出すことではない」と考えてしまうこともあるでしょう。
このように、周囲の行動が判断の基準となり、不安全行動が繰り返されることで、その職場の当たり前になっていくことがあります。
以前、安全文化について説明した際に、私は、安全文化とは良いものだけを指すのではなく、その職場で繰り返され、黙認され、共有されている行動のあり方でもあると述べました。
アッシュの実験は、なぜ周囲の行動が個人の判断に影響するのかを理解する手掛かりになります。
ただし、実験で確認されたのは線の長さを答える場面での同調です。建設現場の不安全行動がすべて同じ仕組みで生じるという意味ではありません。作業時間の制約や設備の問題、管理者の指導など、ほかの要因も考える必要があります。
真ん中の6割をどのように導くか
私は、安全文化を考える際に、2:6:2という割合を一つの目安として取り上げることがあります。
集団の中には、自ら進んで良い行動をする人もいれば、なかなか行動を変えない人もいます。そして、その中間には、周囲の影響を受けながら行動する人たちがいると考えられます。
もちろん、実際の人間の行動が必ず2:6:2に分かれるという科学的な法則ではありません。
しかし、周囲の行動が人の判断に影響するという点から考えると、私は、この中間にいる人たちが安全文化を形成するうえで重要だと考えています。
職長やベテラン作業員が、当たり前のように安全な行動を実践していれば、それを見た周囲の人も安全な行動を選びやすくなるでしょう。
反対に、経験豊富な作業員がルールを守らず、管理者も黙認していれば、不安全行動が広がる可能性があります。
良い行動も悪い行動も、周囲に影響を与えるのです。
だからこそ、職長や管理者が率先して安全な行動を示すことが大切になります。
心理的安全性が同調を防ぐ力になる
では、周囲の人が間違った行動をしているとき、どうすれば自分の考えを伝えることができるのでしょうか。
ここで重要になるのが、心理的安全性です。
心理的安全性とは、分からないことを質問したり、問題を指摘したりしても、対人関係上の不利益を過度に心配せずに発言できる状態を意味します。
例えば、作業員が危険な作業方法に気づいたとき、「その方法では危ないと思います」と安心して伝えられる職場であれば、周囲の行動に流されず、安全な方法を考えるきっかけになります。
アッシュの実験に関連する研究では、周囲の人の中に一人でも多数派と違う答えを示す人がいると、同調が大きく減ることが確認されています。
全員が同じ意見であることが、同調を強める一つの条件になっていたのです。
建設現場でも、一人が「この作業方法は危険ではないでしょうか」と発言することで、ほかの人も問題に気づき、意見を出しやすくなるかもしれません。
ただし、心理的安全性とは、どのような行動でも認めることではありません。不安全行動には適切に指導し、必要なルールを守ることが前提です。
大切なのは、危険を指摘した人が不利益を受けず、問題を組織全体で考えられることです。
自分の判断を、一度見直してみる
私たちは、日常生活でも周囲の行動に影響されています。
横断歩道でほかの人が信号を無視して渡り始めると、つられて歩き出しそうになることがあります。
周囲の人が同じ行動をしていると、それが正しい行動のように感じられることがあるのです。
このような場面でも、以前から紹介しているStop・Look・Thinkが役立ちます。
一度止まり、周囲の状況を確認し、自分がこれから行おうとしている行動が本当に適切なのかを考える。
私は、周囲の人がしているからという理由だけで、自分の行動を決めないことが大切だと考えています。
同調すること自体が悪いわけではありません。周囲の良い行動に合わせることは、安全文化を育てる力にもなります。
問題は、周囲の行動を正しいかどうか考えずに受け入れてしまうことです。
「みんながやっているから大丈夫」ではなく、「みんながやっていても、本当に安全なのか」と考えること。
それが、アッシュの同調実験から学んでほしいことです。
明日は、目の前で人が入れ替わっても気づかないことがある「変化の見落とし実験」を紹介します。私たちは周囲を見ているつもりでも、その変化を正確に認識できているとは限らないのです。