CONTENTS コンテンツ

安全の心理学19 目の前の人が入れ替わっても気づかない?――変化の見落とし実験

ブログ

2026.11.05

人間は、周囲の変化にどこまで気づけるのか

今週は、心理学の実験を通して、人間の注意や判断の特徴を紹介しています。

月曜日は、注意を集中すると目の前のゴリラを見落とす「見えないゴリラ実験」、火曜日は、文字の意味と色が食い違うと判断が難しくなる「ストループ効果」、水曜日は、周囲の人の意見に影響される「アッシュの同調実験」を紹介しました。

今日は、さらに驚くような実験を紹介します。

皆さんは、目の前で話している相手が、途中で別の人に入れ替わったら気づくと思いますか。

おそらく、多くの人が「そんなことは、すぐに分かる」と答えるでしょう。

しかし、心理学の実験では、目の前の相手が入れ替わっても、気づかない人が少なくないことが確認されています。

この現象を「変化盲(へんかもう)」と呼びます。

会話の途中で相手が入れ替わる実験

1998年、心理学者のダニエル・サイモンズとダニエル・レヴィンは、人間が周囲の変化にどれほど気づくのかを調べる実験を行いました。

実験は、大学の構内で行われました。

まず、実験者の一人が、通りかかった人に道を尋ねます。道を尋ねられた人は、相手の顔を見ながら説明を始めます。

ところが、会話の途中で、作業員が大きなドアを運びながら、二人の間を通り抜けます。

ドアによって、ほんの短い間、会話している相手の姿が見えなくなります。

実は、その間に、道を尋ねていた人物が別の人物と入れ替わるのです。

ドアが通り過ぎると、別の人物が何事もなかったように会話を続けます。

さて、道を尋ねられた人は、相手が入れ替わったことに気づいたのでしょうか。

約半数の人が入れ替わりに気づかなかった

実験の結果、15人の参加者のうち、入れ替わりに気づいたのは7人でした。

つまり、約半数の人が、目の前で話していた相手が別の人物になったことに気づかなかったのです。

顔や服装などに違いがあっても、短時間視界が遮られることで、その変化を見落としてしまうことがありました。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。

私たちは、周囲の様子を連続した映像のように、すべて正確に記憶しているわけではありません。

そのとき必要だと感じた情報に注意を向け、それ以外の細かな情報は十分に覚えていないことがあります。

実験では、道を尋ねられた人は、道順を説明することに注意を向けていました。そのため、相手の顔や服装を細かく記憶していなかった可能性があります。

そして、大きなドアによって一時的に視界が遮られたことで、入れ替わりを認識しにくくなったのです。

このように、目の前の状況に変化が起きても、その変化に気づかない現象が「変化盲」です。

私たちは、周囲を見ているつもりでも、何が変わったのかを正確に把握できているとは限らないのです。

建設現場でも起こる変化の見落とし

この実験は、建設現場の安全を考えるうえでも重要な意味を持っています。

例えば、朝から同じ場所で作業している作業員を考えてみましょう。

作業開始時には、通路が確保され、周囲に危険なものがないことを確認していました。

しかし、作業が進むにつれて、資材が搬入され、通路の一部に仮置きされることがあります。

作業員は何度もその場所を通っていますが、資材が置かれたことに十分注意を向けていなければ、通路の状態が変わったことを認識できない可能性があります。

また、足場の一部が変更された場合にも、以前と同じ状態だと思い込んで行動してしまうことが考えられます。

もちろん、こうした事例がすべて変化盲によって説明できるわけではありません。作業の忙しさや情報共有の不足、確認方法の問題など、さまざまな要因が関係します。

しかし、「昨日も見た場所だから、今日も同じ状態だろう」という判断には危険があることを、この実験から考えることができます。

安全パトロールにも潜む見落とし

私は、安全パトロールを行う際にも、この人間の特徴を意識する必要があると考えています。

同じ現場を繰り返し巡視していると、現場の状況が頭の中に記憶されます。

「この場所には資材が置かれている」「ここは通路になっている」「この足場は昨日確認した」

こうした記憶は、現場の状況を把握するうえで役立ちます。

しかし、その記憶が強くなると、実際には変化しているにもかかわらず、以前と同じ状態だと受け止めてしまうことがあります。

例えば、前回の巡視では適切に設置されていた開口部の養生が、別の作業のために一時的に変更されていたとします。

その場所を以前確認したという経験があると、改めて確認する意識が弱くなる可能性があります。

安全パトロールでは、単に現場を見るのではなく、「前回と何が変わったのか」「今、新たな危険が生じていないか」という視点が必要です。

特に、作業の進行によって状態が変わりやすい場所については、意識的に確認することが重要になります。

「慣れ」と「変化盲」は同じではない

ここで、一つ整理しておきたいことがあります。

現場では、慣れによって危険を感じにくくなることがあります。これは「馴化(じゅんか)」と呼ばれる現象とも関係します。

一方、今回紹介した変化盲は、実際に起きた変化を認識できない現象です。

両者は同じものではありません。

例えば、いつも聞いている機械の音が気にならなくなることは、馴化の例として考えられます。

それに対して、機械の周囲に新しい障害物が置かれたのに気づかないことは、変化の見落としとして考えることができます。

ただし、実際の現場では、慣れや注意の向け方など、複数の要因が重なって見落としが生じることがあります。

重要なのは、長年経験している作業員であっても、変化を必ず認識できるわけではないということです。

レジリエンスの「監視する力」を高める

先週は、レジリエンスの4つの能力について説明しました。

その一つが「監視する力」です。

監視する力とは、現在の状況を把握し、変化や異常に気づく能力です。

しかし、今回の実験から分かるように、人間の注意や認識には限界があります。

だからこそ、個人の注意力だけに頼らず、組織として変化を把握する仕組みが必要になります。

建設現場では、前日の作業間の連絡・調整で翌日の作業内容や作業場所を確認し、当日の朝礼で作業員全員に周知します。

しかし、当日になって作業場所や作業方法が変更されることもあります。

その場合には、変更内容を関係者に伝え、必要な安全対策を再確認することが重要です。

例えば、通路を変更した場合には、関係する作業員に周知するだけでなく、表示や区画などによって、変更されたことが分かるようにする必要があります。

作業員が変化に気づくことも大切ですが、変化に気づきやすい環境を整えることも、組織のレジリエンスを高める取り組みなのです。

Stop・Look・Thinkで「いつもと違う」を探す

私は、日常の安全行動としてStop・Look・Thinkを勧めています。

一度止まる。周囲を見る。そして、これから起こることを考える。

今回の変化盲を踏まえると、ここにもう一つ意識してほしいことがあります。

それは、「いつもと違うところはないか」と考えることです。

例えば、作業を開始する前に、昨日と同じ場所であっても、通路、足元、周囲の作業状況などを確認します。

そして、以前と違うところがあれば、その変化が新たな危険につながらないかを考えます。

ただし、Stop・Look・Thinkを実践すれば、すべての変化に気づけるというわけではありません。

人間には限界があるからこそ、職長や管理者による確認、作業員同士の声掛け、変更情報の共有などと組み合わせる必要があります。

見ていることと、気づくことは違う

今回の実験で、私が最も伝えたいことは、「見ていること」と「気づくこと」は違うということです。

私たちは、普段から周囲の状況を見ながら生活しています。しかし、すべての情報を正確に認識しているわけではありません。

目の前の人が入れ替わっても気づかないことがあるのですから、作業環境の小さな変化を見落とす可能性があることも理解できると思います。

だからこそ、安全管理では、「見ているはずだ」「気づくはずだ」という考え方に頼ってはいけません。

変化を知らせる仕組みをつくること。確認する対象を明確にすること。そして、作業員が気づいたことを安心して報告できる職場をつくること。

こうした取り組みが、見落としによる事故を防ぐことにつながります。

人間は変化を見落とすことがある。そのことを理解し、変化に気づける仕組みを整えることが、安全な職場づくりには必要なのです。

明日は、同じ内容でも伝え方によって判断が変わる「フレーミング効果」を紹介します。人間の判断は、情報の内容だけでなく、その伝えられ方にも影響されるのです。

この記事をシェアする