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安全の心理学20 同じ内容なのに判断が変わる?――フレーミング効果

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2026.11.06

同じことを言っているのに、判断が変わる

今週は、心理学の実験を通して、人間の注意や判断の特徴について考えてきました。

月曜日は「見えないゴリラ実験」、火曜日は「ストループ効果」、水曜日は「アッシュの同調実験」、木曜日は「変化の見落とし実験」を紹介しました。

最終日の今日は、情報の伝え方によって人間の判断が変わる「フレーミング効果」を紹介します。

例えば、ある治療について「100人のうち90人が助かります」と説明された場合と、「100人のうち10人が亡くなります」と説明された場合を考えてみてください。

数字が示す結果は同じです。しかし、受ける印象は少し違うのではないでしょうか。

前者は安心できる説明に感じられ、後者は危険を強く意識する説明に感じられるかもしれません。

このように、同じ情報でも、どの部分を強調して伝えるかによって、人間の受け止め方や判断が変わることがあります。

これが、フレーミング効果です。

600人の命を救うために、どちらを選びますか

1981年、心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーは、人間の意思決定について興味深い研究を発表しました。

その中で有名なのが「アジアの疾病問題」と呼ばれる実験です。

ある国で病気が流行し、600人が亡くなると予測されています。そこで、二つの対策が提案されました。

まず、次の二つから選んでみてください。

【質問1】

  • A案:確実に200人が助かる。
  • B案:3分の1の確率で600人全員が助かるが、3分の2の確率で誰も助からない。

皆さんなら、どちらを選ぶでしょうか。

A案は、確実に200人が助かります。一方、B案は、全員が助かる可能性があるものの、誰も助からない可能性もあります。

元の実験では、この質問に回答した152人のうち、約72%がA案を選びました。

多くの人が、確実に人を救える選択肢を選んだのです。

では、次の質問はどうでしょうか。

【質問2】

  • C案:確実に400人が亡くなる。
  • D案:3分の1の確率で誰も亡くならないが、3分の2の確率で600人全員が亡くなる。

皆さんなら、どちらを選びますか。

今度は、確実に400人が亡くなるC案よりも、誰も亡くならない可能性があるD案を選びたくなるかもしれません。

実際に、こちらの質問に回答した155人のうち、約78%がD案を選び、C案を選んだ人は約22%でした。

さて、ここで考えてみてください。

質問1と質問2は、何が違うのでしょうか。

実は、二つの質問は同じ内容だった

ここが、この実験の最も興味深いところです。

A案の「200人が助かる」ということは、600人のうち400人が亡くなるということです。つまり、C案と同じ結果になります。

また、B案とD案も同じ内容です。

600人全員が助かることと、誰も亡くならないことは同じです。誰も助からないことと、600人全員が亡くなることも同じです。

つまり、A案とC案、B案とD案は、それぞれ数学的には同じ選択肢なのです。

では、実験の結果を比較してみましょう。

選択した結果「助かる」と説明「亡くなる」と説明
確実な結果72%22%
確率による結果28%78%

注目してほしいのは、同じ「確実な結果」を選んだ人の割合が、72%と22%で、50ポイントも違っていることです。

72%と78%を比較するのではありません。72%は確実な結果を選んだ割合、78%は確率による結果を選んだ割合です。

同じ種類の選択肢を比較することで、表現の違いによる判断の変化が分かります。

なお、この実験は同じ人に二つの質問をして判断の変化を調べたものではなく、異なる参加者集団にそれぞれの表現を示して比較したものです。

研究では、この選択割合の違いは統計学的にも有意であると報告されています。

つまり、単なる偶然のばらつきだけでは説明しにくい違いが確認されたのです。

同じ内容であっても、伝え方が違うだけで、人間の選択には大きな違いが生じることがあるのです。

なぜ、伝え方によって判断が変わるのか

人間は、物事を判断するとき、すべての情報を同じように分析しているわけではありません。

「助かる」という表現を聞くと、得られる利益に注意が向きます。一方、「亡くなる」という表現を聞くと、失われるものに注意が向きます。

人間には、利益を得る場面では確実な結果を好み、損失を避けたい場面では不確実な選択を受け入れやすくなる傾向があります。

こうした特徴は、カーネマンとトヴェルスキーが提唱した「プロスペクト理論」とも関係しています。

難しい理論を覚える必要はありません。

ここで理解していただきたいのは、人間は、同じ結果であっても、利益として説明されるか、損失として説明されるかによって、判断が変わることがあるという点です。

私たちは、自分で考えて合理的に判断しているつもりでも、知らないうちに情報の伝え方に影響されているのです。

建設現場での危険の伝え方

このフレーミング効果は、建設現場の安全教育や危険の伝え方を考えるうえでも参考になります。

例えば、高所作業で墜落制止用器具を使用する必要性を説明する場面を考えてみましょう。

「墜落制止用器具を適切に使用することで、万一の墜落時に身体を保持し、重大な被害を防ぐことにつながります」

このような説明は、安全対策によって得られる利益に注目しています。

一方で、

「墜落制止用器具を使用しなければ、墜落したときに重大な負傷や死亡につながる危険があります」

こちらは、安全対策を行わなかった場合に失われるものに注目した説明です。

どちらも、安全対策の必要性を伝えるものですが、受ける印象は異なります。

ただし、ここで注意してほしいことがあります。

フレーミング効果があるからといって、恐怖を強調すれば安全行動が増えるとは限りません。

危険を強く伝えすぎると、聞く人が反発したり、かえって話を受け入れなくなったりする可能性もあります。

また、実際の危険性を誇張した説明は、信頼を損なうことにもつながります。

私は、安全教育では、危険を正確に伝えることに加え、どのような行動を取れば安全を確保できるのかを具体的に説明することが大切だと考えています。

安全教育では、何を強調するべきか

私は長年、安全教育に携わってきました。その中で、同じ内容を説明していても、伝え方によって相手の理解や受け止め方が変わることを感じています。

例えば、作業手順を守ることについて説明する場合です。

「手順を守らなければ事故になる」と伝えることも必要ですが、それだけでは、なぜその手順が必要なのかを十分に理解できないことがあります。

そこで、「この確認を行うことで、機械が動き出す前に周囲の人がいないことを確かめられる」と説明すれば、作業員は確認行動の意味を理解しやすくなるでしょう。

安全対策によって防げる危険と、その対策がどのように役立つのかを合わせて説明するのです。

これは、これまで紹介してきたSafety-IIの考え方にも通じるものがあります。

事故を防ぐために何をしてはいけないのかだけでなく、安全に仕事を進めるために何をすればよいのかを伝えることも重要です。

もちろん、Safety-IIは単に前向きな言葉で説明することではありません。日常の仕事が安全に進んでいる理由を理解し、その条件を整える考え方です。

しかし、危険を伝えることと、安全をつくる行動を伝えることの両方が必要だという点では、共通するものがあると思います。

説明する側も、認知バイアスを理解する必要がある

ここまで、情報を受け取る側の判断について説明してきました。

しかし、私は、情報を伝える側にも注意が必要だと考えています。

例えば、管理者が自分の考えを支持してもらいたいとき、無意識のうちに都合のよい情報を強調してしまうことがあります。

これは、以前紹介した確証バイアスとも関係します。

自分の判断が正しいと思うほど、その判断を支持する説明になりやすいのです。

そのため、管理者は、自分がどのような情報を強調しているのかを振り返る必要があります。

安全教育でも、危険な結果だけを強調していないか。反対に、安全対策の効果ばかりを説明し、残る危険を十分に伝えていないのではないか。

こうした点を考えることが大切です。

また、作業員が説明を聞いて疑問を感じたとき、安心して質問できる職場であることも重要になります。

ここでも、心理的安全性が関係してきます。

Stop・Look・Thinkで、情報の見方を変える

私は、認知バイアスへの対策として、以前からStop・Look・Thinkを勧めています。

一度止まり、情報を確認し、その意味を考えることです。

今回のフレーミング効果についても、同じ方法が役立ちます。

例えば、ある対策について「成功率90%」と説明された場合には、「失敗する可能性は10%ある」と考えてみます。

反対に、「失敗率10%」と説明された場合には、「成功する可能性は90%ある」と考えてみます。

もちろん、成功と失敗の定義や条件が同じであることが前提です。

このように、情報を別の表現に置き換えてみることで、最初に受けた印象だけに左右されずに判断しやすくなります。

安全管理でも、「事故が起きなかった」という結果だけでなく、「なぜ事故が起きなかったのか」と考えることが必要です。

見方を変えることで、それまで気づかなかったことが見えてくる場合があります。

心理学実験から学んだこと

今週は、5つの心理学実験を紹介しました。

見えないゴリラ実験では、注意を向けていないものを見落とすことがあると学びました。

ストループ効果では、正しい答えが分かっていても、自動的な反応が判断を妨げることがあると学びました。

アッシュの同調実験では、周囲の人の判断に影響されることを知りました。

変化の見落とし実験では、目の前の状況が変わっても、その変化に気づかないことがあると学びました。

そして、今日のフレーミング効果では、同じ情報でも伝え方によって判断が変わることを確認しました。

これらの実験に共通しているのは、人間の判断は、自分が思っているほど正確でも、自由でもないということです。

しかし、私は、だから人間は信用できないと言いたいのではありません。

人間の脳には、このような特徴や限界があることを理解し、その限界を補う方法を考えることが大切なのです。

注意力だけに頼らない。思い込みに気づく。周囲の行動に流されずに考える。変化を確認する。そして、情報を別の角度から見直す。

こうした行動を日常の習慣にすることが、安全につながります。

人間は間違える存在です。しかし、自分の脳の特徴を理解し、互いに補い合うことで、安全をつくり出すこともできるのです。

これが、今週の心理学実験を通して、皆さんに最も伝えたかったことです。

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