

【心理学から考える】承認欲求を否定されたとき、どう向き合うか
私は長年、安全コンサルタントとして活動し、ある安全コンサルタントの集まりで理事を務めてきました。会場の手配、準備、片付け、さらには勉強会の企画・開催まで一手に担い、まさに裏方として支えてきたと自負しています。しかし、先日、その努力が一瞬で踏みにじられるような出来事がありました。
会の代表理事が、いわゆる「鶴の一声」で、私を理事から解任すると決定したのです。しかも、私が準備を進めていた勉強会も中止され、その代わりに代表理事が顧問を務める会社の問題を話し合う会にすり替えられてしまいました。
この出来事は、私にとって心理的に非常に大きな衝撃でした。
■ マズローの欲求階層説から見ると
心理学の視点からこの出来事を捉えると、マズローの欲求階層説が思い浮かびます。マズローの理論では、人間の欲求は「生理的欲求」から始まり、「安全欲求」「社会的欲求(所属と愛の欲求)」、そして「承認欲求」「自己実現欲求」と段階を上がっていくとされます。
私がこの会で長年活動してきたのは、まさに「承認欲求」や「所属欲求」を満たすためでもありました。仲間と一緒に会を支え、良い場を作ることで、自分の存在意義や役割を感じていたのです。しかし今回、その承認欲求が完全に否定されたように感じました。
努力してきたことが一瞬で無にされ、「あなたの居場所はここにはない」と暗に言われたような感覚です。その結果、次の勉強会の企画も断ることにし、今は正直なところ「やる気が起きない」状態です。
■ 「心理学を学んでいるのに」気持ちがついていかない
私は心理学を学んできました。それでも、自分がこうした状況に置かれると「冷静」でいるのは難しい。心理学では「レジリエンス(心の回復力)」や「自己効力感」を高めることが推奨されますが、あまりに理不尽な扱いを受けた直後には、そんなものも吹き飛んでしまいます。
「心理学を学んできたはずなのに、こんなことで心が折れるなんて」と自己嫌悪にもなりますが、冷静に考えれば、承認欲求を満たそうとして努力してきた人がその欲求を否定されれば、落ち込んで当然なのです。むしろ、心が折れるのは「正常な反応」です。
■ 「会」を誰のものと考えるか
今回のことで一番強く感じたのは、代表理事が「会を個人の所有物」と考えているように見えたことです。数人の会合から始まり、一般社団法人として会を立ち上げ、今では40人を超す会に成長しました。リーダーの影響力が大きいことは理解できます。しかし「会」というのは、本来はそこに集う人たちの「共同体」であるべきではないでしょうか。
自分の思うままに他者を排除したり、会の方向性を勝手に変えることが許されるなら、それは「私的な会」に過ぎず、そこに「貢献しよう」という意欲は育ちません。そうした組織に未来があるのか、改めて疑問を感じます。
■ 今、どう気持ちを整理するか
正直、今の私には「またやる気を出して頑張ろう」とまでは思えません。しかし、心理学的には「気持ちの回復には時間がかかる」こともまた事実です。
大切なのは、「自分が悪い」と責めないこと。そして、「今はやる気が出なくて当然」と自分に言い聞かせること。心理学の世界では「自己受容(セルフ・アクセプタンス)」という考え方がありますが、まさに今の私に必要なのは「こんな気持ちになるのも無理はない」と自分を受け入れることだと感じています。
■ さいごに
組織の中で承認欲求が満たされないとき、人は深く傷つき、やる気も失います。私自身が今、その渦中にあります。でも、それを「弱さ」と捉えるのではなく、「人間として自然な反応」と考えることで、少しずつでも気持ちを回復させていきたい。
読んでくださった皆さんも、もし似たような経験があれば、「そんな自分もいいんだ」と自分を許してほしいと思います。
(了)