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第1章

SafetyⅡ

2026.05.06

なぜ今、SafetyⅡを学ぶ必要があるのか

― 事故を減らす安全から、うまくいく理由を学ぶ安全へ ―

1. はじめに

日本の安全管理は、これまで大きな成果を上げてきました。

危険予知活動、リスクアセスメント、安全パトロール、作業手順書、ヒヤリハット活動、再発防止対策、職長教育など、多くの取り組みによって、労働災害は少しずつ減ってきました。

これは決して否定されるものではありません。

むしろ、日本の安全担当者、現場監督、職長、作業員が長年積み重ねてきた大切な成果です。

しかし、ここで一度立ち止まって考える必要があります。

事故が減ったからといって、本当に現場は安全になったのでしょうか。

事故が起きていない日は、ただ運が良かっただけではないのでしょうか。

事故が起きなかった現場では、誰かが危険に気づき、誰かが声をかけ、誰かが段取りを変え、誰かが無理を止めていたのではないでしょうか。

これまでの安全管理は、どうしても「事故が起きた後」に注目しがちでした。

事故が起きる。
原因を調べる。
再発防止策を立てる。
ルールを増やす。
教育を行う。

この流れは大切です。

しかし、現場では、事故が起きていない日の方が圧倒的に多いのです。

その「うまくいっている日常」から、私たちは十分に学んできたでしょうか。

SafetyⅡは、まさにこの問いから出発します。


2. SafetyⅠとは何か

まず、従来の安全管理であるSafetyⅠを整理します。

SafetyⅠとは、簡単に言えば、

事故、災害、ミス、不具合をできるだけ少なくする安全管理

です。

これは、私たちが普段行っている安全活動の多くに当てはまります。

たとえば、次のような活動です。

活動SafetyⅠとしての意味
災害事例の分析同じ事故を繰り返さない
ヒヤリハット活動事故の芽を見つける
リスクアセスメント危険源を洗い出して対策する
安全パトロール不安全状態・不安全行動を見つける
再発防止対策原因をつぶす
ルール・手順書の整備正しい作業方法を決める

SafetyⅠは、事故防止にとって必要な考え方です。

特に、墜落、挟まれ、感電、重機災害、火災、化学物質ばく露など、重大災害につながる危険を防ぐためには、SafetyⅠの考え方は欠かせません。

危険な作業には、明確なルールが必要です。
守るべき手順も必要です。
してはいけない行動も明確にしなければなりません。

したがって、SafetyⅡを学ぶからといって、SafetyⅠを捨てるわけではありません。

ここは、最初に強調しておく必要があります。


3. SafetyⅠだけでは見えにくいもの

ただし、SafetyⅠには弱点もあります。

それは、「事故や失敗が起きた時」に注目しやすいという点です。

事故が起きると、私たちは原因を探します。

なぜ落ちたのか。
なぜ挟まれたのか。
なぜ確認しなかったのか。
なぜルールを守らなかったのか。

もちろん、原因を調べることは大切です。

しかし、事故が起きた後だけを見ていると、現場の本当の姿を見落とすことがあります。

たとえば、ある建設現場で1か月間、無災害だったとします。

SafetyⅠの見方では、

今月は事故ゼロだった。よかった。

で終わってしまうことがあります。

しかし、SafetyⅡの見方では、そこで終わりません。

なぜ事故ゼロで終われたのか。
誰が危険に気づいたのか。
どんな声かけがあったのか。
どんな段取り変更があったのか。
職長はどこで判断したのか。
作業員同士はどのように助け合ったのか。

このように、事故が起きなかった理由を見ようとします。

SafetyⅡは、安全を「何かが起きないこと」だけでなく、「物事がうまくいく能力」として捉える考え方です。アップロード資料でも、Safety-IIは日常の成功を最大化する考え方であり、Safety-Iの「失敗を少なくする」発想とは異なる視点として整理されています。


4. 現代の現場は複雑になっている

SafetyⅡが必要になった背景には、現場の複雑化があります。

昔の現場は、今よりも単純だったという意味ではありません。昔の現場にも危険は多くありました。

しかし、現代の現場は、別の意味で複雑になっています。

建設業で考えてみます。

一つの現場に、元請、一次下請、二次下請、専門工事業者、資材業者、警備員、発注者、近隣住民など、多くの関係者が関わります。

工程は細かく分かれています。
作業は重なります。
人手不足があります。
外国人労働者もいます。
高齢作業員もいます。
若手の経験不足もあります。
天候の影響も受けます。
急な変更もあります。
短い工期の中で、品質も安全も求められます。

製造業でも同じです。

設備は自動化されています。
コンピュータ制御が増えています。
ラインは止められません。
少人数で多くの作業を見なければなりません。
トラブル対応では、機械、材料、人、情報が複雑に絡みます。

このような現場では、事故の原因を一つだけに絞ることが難しくなります。

「誰かがミスをした」
「部品が壊れた」
「ルールを守らなかった」

それだけでは説明できない事故が増えています。

資料でも、現代の産業システムは、人、技術、組織が複雑に結びついた社会技術システムになっており、従来のように要素を分けて原因を探すだけでは捉えきれないと整理されています。


5. 事故は「悪いことが一つ起きた」だけでは説明できない

従来の安全教育では、事故をドミノ倒しのように説明することが多くあります。

不安全状態がある。
不安全行動がある。
それが重なって事故になる。

この説明は分かりやすく、基本教育としては有効です。

しかし、現代の複雑な現場では、事故はもっと入り組んでいます。

たとえば、次のような場面を考えてみます。

ある建設現場で、資材搬入が遅れました。
そのため、午後の作業予定がずれました。
別の業者の作業と重なりました。
通路が一時的に狭くなりました。
職長は工程を守るため、少し作業順序を変えました。
作業員は急いで片付けをしました。
そこへフォークリフトが入ってきました。
声かけが少し遅れました。
結果として、接触しそうになりました。

この場合、原因は一つでしょうか。

資材搬入の遅れでしょうか。
作業順序の変更でしょうか。
通路の狭さでしょうか。
フォークリフトの運転でしょうか。
声かけ不足でしょうか。
工程の圧力でしょうか。

どれか一つだけを原因にするのは難しいはずです。

現場では、小さなズレがいくつも重なります。

普段なら問題にならない小さな変化が、たまたま同じ時間、同じ場所で重なったときに、事故や重大なヒヤリハットにつながることがあります。

SafetyⅡは、このような「現場の複雑さ」を前提にして安全を考えます。


6. 事故がないことは、安全の証明ではない

安全担当者にとって、無災害は大切な目標です。

「無災害○日」
「休業災害ゼロ」
「重大災害ゼロ」

これらは、現場の努力の結果として大切にすべきものです。

しかし、SafetyⅡでは、ここにも注意を向けます。

事故が起きていないことは、本当に安全の証明なのでしょうか。

もしかすると、危険はあったけれど、たまたま事故にならなかっただけかもしれません。

作業員が無理をして、何とか帳尻を合わせていたのかもしれません。

職長が毎日、細かい調整をしていたのかもしれません。

ベテランが新人をさりげなく助けていたのかもしれません。

現場の人たちの努力によって、事故が表に出ていなかっただけかもしれません。

つまり、事故ゼロという数字だけでは、現場で何が起きていたのかは分かりません。

SafetyⅡでは、事故が起きなかった背後にある「人の判断」「現場の調整」「チームの連携」「声かけ」「段取り変更」を見ようとします。

安全は、ただ静かに存在しているものではありません。

安全は、現場の人たちが毎日作り続けているものです。

資料でも、安全は静止した状態ではなく、望ましくない事象が起こらないように能動的に調整し続けている状態であり、「ダイナミックな無事」として説明されています。


7. SafetyⅡは「成功から学ぶ」安全である

SafetyⅠは、失敗から学ぶ安全です。

事故が起きた。
ヒヤリハットがあった。
ルール違反があった。
だから原因を調べ、対策を立てる。

これは大切です。

一方、SafetyⅡは、成功からも学びます。

予定通り終わった作業。
事故にならなかった作業。
危険を回避できた場面。
新人が無事に作業できた日。
複数業者が混在しても、うまく調整できた現場。
急な変更があっても、混乱せずに終えた作業。

こうした日常の中に、安全のヒントがあります。

たとえば、ある職長が朝礼でこう言ったとします。

今日は足場の上で作業する班と、下で資材を動かす班が重なります。
上下作業になりやすいので、午前中はこの範囲を立入禁止にします。
資材搬入は10時半以降にずらします。
合図者は必ずここに立ってください。

その結果、何も事故が起きなかった。

SafetyⅠでは、「事故ゼロ」で終わるかもしれません。

しかしSafetyⅡでは、その職長の判断に注目します。

なぜ、その職長は危険に気づけたのか。
どの情報を見て判断したのか。
誰と相談したのか。
その判断を他の現場にも広げられないか。

ここに、学ぶべき安全があります。


8. SafetyⅡは、人を責めない安全ではない

ここは誤解されやすいところです。

SafetyⅡというと、

人を責めない安全
何でも許す安全
ルール違反も認める安全

のように誤解されることがあります。

しかし、それは違います。

SafetyⅡは、無責任な安全ではありません。

故意の危険行為、重大なルール違反、危険を知りながら放置する行為は、当然として是正しなければなりません。

ただし、事故やミスが起きたときに、すぐに

誰が悪いのか
誰がミスをしたのか
誰を再教育するのか

だけで終わらせないということです。

SafetyⅡでは、こう考えます。

その人は、なぜそのように判断したのか。
その時、どのような制約があったのか。
手順書は現実に合っていたのか。
工程に無理はなかったのか。
道具や人員は足りていたのか。
周囲の支援はあったのか。

つまり、人を甘やかすのではなく、人の行動が生まれた背景まで見るのです。

ここがSafetyⅡの重要な点です。


9. 日本の安全担当者にとってのSafetyⅡ

日本の現場には、実はSafetyⅡに近い考え方がすでにあります。

たとえば、

  • 職長の段取り力
  • KY活動
  • 声かけ
  • 指差呼称
  • 作業前打合せ
  • ヒヤリハット共有
  • 改善提案
  • 先輩から後輩への注意
  • 現場での阿吽の呼吸
  • 危ないと思ったら止める文化

これらは、現場が状況に合わせて安全を作っている活動です。

ただし、これまでは、それを理論として整理することが少なかったのだと思います。

SafetyⅡを学ぶ意味は、外国の新しい理論をそのまま輸入することではありません。

日本の現場がもともと持っている「現場の調整力」「職長の判断力」「作業員同士の助け合い」を、もう一度きちんと見える化することです。

そして、それを教育、会議、安全標準、リスクアセスメント、安全パトロールに反映していくことです。


10. 第1章のまとめ

SafetyⅡを学ぶ第一歩は、次のように整理できます。

見方内容
SafetyⅠ事故・災害・ミスを減らす安全
SafetyⅡ物事がうまくいく理由を学び、それを増やす安全
SafetyⅠの強み危険を見つけ、対策し、再発を防ぐ
SafetyⅠの弱点事故が起きていない日常の工夫が見えにくい
SafetyⅡの強み現場の調整力、判断力、成功の理由を学べる
大切な考え方SafetyⅠを捨てるのではなく、SafetyⅡを加える

SafetyⅡは、SafetyⅠの代わりではありません。

SafetyⅠにSafetyⅡを加えることで、安全の見方が広がります。

事故を減らすことは、これからも大切です。

しかし、それだけではなく、

なぜ今日も無事に作業が終わったのか。
誰が、どこで、どんな工夫をしたのか。
その工夫を、次の現場にどう活かすのか。

この問いを持つことが、SafetyⅡの出発点です。


最後に

考えてみましょう

今日、または最近の現場で、事故にならずに済んだ場面はありませんか。

その時、

  • 誰が危険に気づきましたか
  • どんな声かけがありましたか
  • 予定や段取りを変えましたか
  • 作業員同士で助け合った場面はありましたか
  • その工夫は、他の現場でも使えますか

事故がなかった日にも、学ぶことはあります。

SafetyⅡは、その学びを見つけるための安全の考え方です。

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