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第2章

SafetyⅡ

2026.05.08

SafetyⅠとは何か

― 事故を減らす安全管理の役割と限界 ―

1. はじめに

SafetyⅡを理解するためには、まずSafetyⅠを正しく理解する必要があります。

SafetyⅠとは、簡単に言えば、

事故、災害、ミス、不具合をできるだけ少なくする安全管理

です。

これは、私たちがこれまで行ってきた安全管理の中心にある考え方です。

たとえば、労働災害が発生したとき、私たちは原因を調べます。
なぜ事故が起きたのか。
どこに危険があったのか。
誰が、どのような行動をしたのか。
どのルールが守られていなかったのか。
再発を防ぐには、何を変えればよいのか。

このように、事故や失敗を出発点として、安全対策を考えるのがSafetyⅠです。

SafetyⅠは、決して間違った考え方ではありません。

墜落、挟まれ、巻き込まれ、感電、火災、重機災害、有害物ばく露など、重大災害を防ぐためには、危険源を見つけ、ルールを決め、教育を行い、対策を徹底することが欠かせません。

したがって、SafetyⅡを学ぶからといって、SafetyⅠを捨てるわけではありません。

むしろ、SafetyⅠは安全管理の土台です。

ただし、現代の複雑な現場では、SafetyⅠだけでは見えにくいものがあります。

この章では、SafetyⅠの役割を確認した上で、その限界を分かりやすく整理します。


2. SafetyⅠの基本的な考え方

SafetyⅠでは、安全を次のように考えます。

安全とは、事故や災害が起きていない状態である。

つまり、事故、怪我、故障、トラブル、ヒヤリハットなどの「悪い出来事」をできるだけ少なくすることが、安全管理の中心になります。

SafetyⅠの基本的な流れは、次のようになります。

段階内容
① 事故やヒヤリハットを把握する何が起きたのかを確認する
② 原因を調べるなぜ起きたのかを分析する
③ 対策を立てる同じことが起きないようにする
④ ルールや手順を決める正しい作業方法を標準化する
⑤ 教育・指導を行う現場に周知し、守らせる
⑥ 効果を確認する同じ事故が減ったかを見る

資料でも、Safety-Iは「危害を測る」「原因を理解する」「解決法を決定する」「効果を評価する」「安全性向上のために適用する」という流れで整理されています。これは、事故やニアミスを検知し、原因を特定し、対策を講じる「見つけて直す」管理です。

この考え方は、現場では非常に分かりやすいものです。

事故が起きた。
原因を調べた。
対策を決めた。
教育をした。
再発を防いだ。

この流れは、安全担当者にとっても、管理者にとっても、説明しやすい安全管理です。


3. SafetyⅠが大切な理由

SafetyⅠには、大きな役割があります。

第一に、危険を明確にすることです。

たとえば、足場からの墜落災害が発生した場合、SafetyⅠでは次のように確認します。

  • 手すりはあったか
  • 墜落制止用器具は使用していたか
  • 作業床に開口部はなかったか
  • 昇降設備は適切だったか
  • 作業手順は決められていたか
  • 職長は作業前に危険を指示していたか

このように、事故をきっかけにして、現場の危険を具体的に洗い出すことができます。

第二に、再発防止ができることです。

一度起きた事故を繰り返さないためには、原因を調べ、対策を決める必要があります。

たとえば、グラインダー作業で切創災害が発生した場合、

  • 保護メガネを着用する
  • 防じんマスクを使用する
  • 砥石の点検を行う
  • カバーを外さない
  • 加工物をしっかり固定する
  • 作業姿勢を確認する

といった具体的な対策につなげることができます。

第三に、ルールを整備できることです。

安全管理では、「してよいこと」と「してはいけないこと」を明確にする必要があります。

高所作業、玉掛け作業、フォークリフト作業、化学物質取扱作業などでは、自由な判断だけに任せると危険です。
守るべき基準、手順、資格、保護具、点検項目を明確にする必要があります。

この意味で、SafetyⅠは安全管理の基本です。


4. SafetyⅠは「事故が起きた後」に強い

SafetyⅠの特徴は、事故や失敗が起きた後の対応に強いことです。

事故が起きたとき、SafetyⅠは非常に有効です。

なぜなら、事故という明確な出来事があるからです。

いつ起きたのか。
どこで起きたのか。
誰が関係していたのか。
何をしていたのか。
どのような怪我をしたのか。
どの設備が関係していたのか。
どのルールが守られていなかったのか。

このように、事故後には多くの情報を集めることができます。

そして、その情報をもとに、原因を考えます。

たとえば、

作業床の端部に手すりがなかった。
墜落制止用器具を使用していなかった。
作業前のKYで墜落危険が話し合われていなかった。
職長が作業範囲を十分に確認していなかった。

このように整理すれば、対策も立てやすくなります。

しかし、ここにSafetyⅠの限界もあります。

SafetyⅠは、事故が起きた後には強い。
しかし、事故が起きていない日常を見ようとすると、弱くなるのです。


5. SafetyⅠの限界①

事故が起きていない日常が見えにくい

現場では、事故が起きていない日の方が圧倒的に多いです。

たとえば、ある工場で1年間、休業災害がゼロだったとします。

SafetyⅠの見方では、

今年は休業災害ゼロだった。
安全管理はうまくいっている。

と評価しがちです。

もちろん、無災害は大切な成果です。

しかし、SafetyⅡの視点から見ると、次の問いが出てきます。

なぜ、1年間事故が起きなかったのか。
現場では、どのような工夫が行われていたのか。
誰が危険に気づいていたのか。
職長は、どのように作業を調整していたのか。
作業員同士の声かけは、どのように行われていたのか。

事故ゼロという数字だけでは、現場が安全だった理由は分かりません。

もしかすると、ベテラン作業員が新人をさりげなく助けていたのかもしれません。
職長が毎朝、作業の重なりを調整していたのかもしれません。
作業員が危険を感じて、無理な作業を止めていたのかもしれません。
設備の不調に早く気づき、事故になる前に対応していたのかもしれません。

SafetyⅠだけでは、このような「日常の成功」が見えにくくなります。

資料でも、Safety-Iの「見つけて直す」アプローチは、1回の失敗に注目する一方で、その背後にある多くの日常業務の成功を見落としやすいと指摘されています。


6. SafetyⅠの限界②

「ヒューマンエラー」で終わってしまう

SafetyⅠでは、事故原因として「ヒューマンエラー」という言葉がよく使われます。

たとえば、

  • 確認不足
  • 注意不足
  • 判断ミス
  • 思い込み
  • 手順違反
  • 連絡不足
  • 監視不足

これらは、事故報告書でよく見られる言葉です。

もちろん、人の行動が事故に関係することはあります。

しかし、「ヒューマンエラー」と書いただけでは、何も説明したことになりません。

なぜ確認できなかったのか。
なぜ注意が向かなかったのか。
なぜその判断をしたのか。
なぜ手順通りにできなかったのか。
なぜ連絡が途切れたのか。

ここまで考えなければ、本当の学びにはなりません。

資料でも、「ヒューマンエラー」という言葉は、望ましくない結果が起きた後に貼られるラベルにすぎず、その人の行動が当時の状況、知識、目標から見れば合理的であった可能性を見えにくくすると説明されています。

たとえば、作業員が手順を一部省略したとします。

事故後に見れば、

手順違反である。
作業員の不安全行動である。

と言えます。

しかし、事故前のその場に立って考えると、別の見方ができます。

  • 工期が厳しかった
  • 元請から急がされていた
  • 必要な道具が近くになかった
  • 作業場所が狭かった
  • 他業者との調整ができていなかった
  • 手順書が現実に合っていなかった
  • 先輩も同じやり方をしていた

このような背景があるかもしれません。

SafetyⅠだけで見ると、「人が悪い」「注意不足だった」で終わってしまう危険があります。

しかし、本当に必要なのは、

なぜ、その行動がその時点では合理的に見えたのか

を考えることです。


7. SafetyⅠの限界③

原因を一つに絞りすぎる

事故が起きると、私たちは「原因」を探します。

これは自然なことです。

しかし、現代の現場では、事故の原因を一つに絞ることが難しくなっています。

たとえば、フォークリフトと歩行者の接触災害を考えます。

事故報告書では、

フォークリフト運転者の確認不足

と書かれるかもしれません。

しかし、実際には次のような要因が重なっていることがあります。

  • 通路が狭かった
  • 歩行者通路が明確でなかった
  • 荷物で見通しが悪かった
  • 作業が予定より遅れていた
  • フォークリフトの走行頻度が増えていた
  • 歩行者も急いでいた
  • 警報音が周囲の騒音で聞こえにくかった
  • ルールはあったが、現場に合っていなかった

このような場合、「確認不足」だけを原因にすると、対策も浅くなります。

運転者に再教育する。
注意喚起をする。
指差呼称を徹底する。

もちろん、教育は必要です。

しかし、それだけでは、通路の構造、作業の重なり、見通し、工程圧力、歩行者動線の問題は残ったままです。

資料でも、現代の複雑な社会技術システムでは、事故を単一の原因に帰結させる考え方は通用しにくく、構成要素間の相互作用を見る必要があると整理されています。


8. SafetyⅠの限界④

事故ピラミッドを単純に使いすぎる

安全管理では、ハインリッヒの法則や事故ピラミッドがよく使われます。

重大事故の背後には、軽微な事故があり、その背後には多くのヒヤリハットや不安全行動がある、という考え方です。

これは、安全教育の入口としては分かりやすい考え方です。

しかし、使い方には注意が必要です。

軽微なヒヤリハットを減らせば、必ず重大事故が減るとは限りません。

たとえば、事務所内での軽い転倒ヒヤリと、クレーン倒壊の重大事故は、同じ原因で起きるとは限りません。

小さな不安全行動をたくさん数えることは大切ですが、それだけで重大事故を防げるとは限らないのです。

資料でも、事故ピラミッドについて、下層のヒヤリハットと上層の重大事故が常に同じ原因から生じるとは限らず、比率も特定の時代や産業に基づいたものであるため、現代の複雑な産業にそのまま適用することには限界があるとされています。

大切なのは、ヒヤリハットの数だけを見ることではありません。

そのヒヤリハットが、どのような重大災害につながる可能性を持っているのか。
どの作業、どの工程、どの設備、どの時間帯で起きているのか。
現場の人は、どのような状況で危険を感じているのか。

そこまで見なければ、数字を集めるだけの活動になってしまいます。


9. SafetyⅠの限界⑤

事故ゼロが安全の証明にならない

安全担当者にとって、事故ゼロは重要な目標です。

しかし、事故ゼロという結果だけで、安全が確保されていると判断するのは危険です。

事故が起きていない理由には、いくつかの可能性があります。

事故ゼロの理由内容
本当に安全管理が機能している危険が把握され、対策が有効に働いている
現場の人が無理をして支えている職長や作業員の調整で何とか保っている
危険が表に出ていないヒヤリハットや不具合が報告されていない
たまたま事故になっていない条件が少し変われば事故になる可能性がある
報告しにくい雰囲気がある小さな異常が隠れている

資料でも、安全が「無事」を意味する場合、その発生回数を数えることはできず、多くの組織は代わりに事故や怪我などの失敗の数を数えるが、事故ゼロは安全の保証ではなく、単に運が良かった可能性もあると説明されています。

つまり、事故ゼロは大切ですが、事故ゼロだけでは足りません。

必要なのは、

事故ゼロの背後で、現場がどのように安全を作っていたのか

を見ることです。


10. SafetyⅠの限界⑥

ルールを増やしすぎる危険

事故が起きると、再発防止策としてルールが増えます。

もちろん、必要なルールはあります。

しかし、事故のたびにルールを増やしていくと、現場では次のような問題が起きます。

  • ルールが多すぎて覚えきれない
  • 現場の実態に合わないルールが増える
  • 書類上は守っているが、実際には形骸化する
  • 作業員が「またルールが増えた」と受け止める
  • 本当に重要なルールが埋もれてしまう
  • ルールを守ること自体が目的になる

安全管理の目的は、ルールを増やすことではありません。

目的は、現場で安全に作業できる状態を作ることです。

ルールは、そのための道具です。

しかし、ルールが現場の実態に合っていなければ、現場は必ず調整します。

その調整をすべて「違反」と見なすと、現場の本当の姿が見えなくなります。

ここで、次章以降につながる重要な考え方が出てきます。

それが、WAIとWADです。

WAIとは、管理者や設計者が考える「想定された作業」。
WADとは、現場で実際に行われている「実際の作業」です。

資料では、WAIは手順書や計画上の理想的な作業であり、WADは不完全な情報や時間的制約の中で現場が状況に合わせて行う柔軟な調整であると説明されています。

SafetyⅠは、WAIを整えることには強いです。

しかし、WADを理解することは苦手です。

ここに、SafetyⅡが必要になる理由があります。


11. 建設現場の例で考える

ここで、具体例を見てみます。

ある改修工事の現場で、足場上の作業と地上での資材運搬が同じ時間帯に重なりました。

作業手順書では、足場上の作業区域と資材運搬経路は分けられていました。

しかし、当日は次のような状況が起きました。

  • 朝から雨が降っていた
  • 資材搬入が予定より遅れた
  • 別業者の作業が長引いた
  • 仮置き場が使えなかった
  • 工程を守るために作業が詰まっていた
  • 職長が急きょ作業順序を変更した
  • 作業員が資材を別ルートで運んだ
  • 通路が一時的に狭くなった

その結果、資材運搬中の作業員が、足場上から落ちてきた小物に当たりそうになりました。

SafetyⅠの見方では、次のように整理されるかもしれません。

上下作業の禁止が守られていなかった。
立入禁止措置が不十分だった。
作業員への指示が不足していた。
職長の管理不足である。

この整理は間違いではありません。

しかし、それだけでは足りません。

SafetyⅡにつなげるためには、次のように考える必要があります。

なぜ、上下作業になりそうな状況が生まれたのか。
なぜ、資材搬入が遅れた時点で工程調整できなかったのか。
なぜ、仮置き場が使えなかったのか。
職長は何を優先して判断したのか。
作業員は、どのような制約の中で動いていたのか。
事故にならずに済んだのは、誰がどこで気づいたからか。

このように考えると、単なる「ルール違反」ではなく、現場全体の調整の問題として見ることができます。


12. SafetyⅠを否定しない

ここで大切なことを確認します。

SafetyⅠは不要ではありません。

SafetyⅠは、今後も必要です。

墜落防止には手すりが必要です。
感電防止には停電確認と検電が必要です。
重機作業には立入禁止措置が必要です。
化学物質にはSDS確認とリスクアセスメントが必要です。
火気作業には火気養生と消火器の準備が必要です。
クレーン作業には合図者と玉掛け資格が必要です。

これらは、SafetyⅠの重要な役割です。

SafetyⅡを学ぶからといって、

ルールは不要
手順書は不要
事故分析は不要
ヒヤリハットは不要

ということではありません。

そうではなく、

SafetyⅠで危険を減らす。
SafetyⅡで、日常の成功と現場の調整力を学ぶ。

この両方が必要なのです。


13. SafetyⅠからSafetyⅡへつなげる考え方

SafetyⅠとSafetyⅡの違いを、分かりやすく整理すると次のようになります。

項目SafetyⅠSafetyⅡ
注目するもの事故、災害、ミス、不具合うまくいっている日常作業
基本の問いなぜ失敗したのかなぜ成功しているのか
人間の見方ミスをする存在状況に合わせて調整する存在
対策の方向原因を取り除く成功を支える条件を増やす
管理の姿勢事故後の対応が中心事故前・日常の観察が中心
現場の調整逸脱・違反と見やすい安全を支える力と見る

資料でも、Safety-Iは失敗を可能な限り少なくする考え方である一方、Safety-IIは物事がうまくいくことを可能な限り多くする考え方であり、人間をエラーの源ではなく、システムを機能させる調整の主体として捉えると整理されています。

この違いを理解すると、安全管理の見方が変わります。

事故が起きたときだけでなく、事故が起きなかった日にも学ぶ。
作業員のミスだけでなく、作業員の工夫にも注目する。
ルール違反だけでなく、なぜルール通りにできなかったのかを考える。
再発防止だけでなく、成功の再現を考える。

これが、SafetyⅡにつながる考え方です。


14. 第2章のまとめ

SafetyⅠは、これまでの安全管理を支えてきた重要な考え方です。

事故や災害を減らすためには、SafetyⅠは欠かせません。

しかし、SafetyⅠだけでは、次のような限界があります。

SafetyⅠの限界内容
事故が起きていない日常が見えにくい成功の理由を学びにくい
ヒューマンエラーで終わりやすい行動の背景を見落とす
原因を一つに絞りやすい複雑な相互作用を見逃す
事故ピラミッドを単純に使いやすい軽微な事象と重大事故の違いを見落とす
事故ゼロを安全と誤解しやすい見えない危険や現場の無理を見落とす
ルールを増やしすぎる現場の実態とズレる

SafetyⅠは必要です。

しかし、SafetyⅠだけでは、現場が毎日どのように安全を作っているのかが見えません。

だからこそ、SafetyⅡが必要になります。

SafetyⅡは、SafetyⅠの代わりではありません。

SafetyⅠに加えて、

なぜ今日もうまくいったのか。
誰がどのように調整したのか。
その工夫を次にどう活かすのか。

を考える安全管理です。

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