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緩衝材を失った社会

ブログ

2026.05.27

― 阿部監督の件から考える「ゼロリスク社会」の危うさ ―

阿部監督に関する報道は、多くの人にとって非常にショッキングな内容でした。

もちろん、暴力や虐待が許されるわけではありません。
子どもを守ることは最優先であり、そのために児童相談所や警察が存在しています。

しかし今回の件を見て、私は別の視点からも考えさせられました。

それは、

「現代社会は、人間関係の“修復”よりも、“即時排除”へ向かっているのではないか」

という問題です。


かつての児童相談所は「緩衝材」だった

昔の児童相談所には、今よりも「福祉」の色合いが強くありました。

もちろん問題行動があれば介入はします。
しかし、その前に、

  • 本人はどうしたいのか
  • 家族関係をどう修復したいのか
  • 本当に危険な状態なのか
  • 周囲に支援者はいないのか

そうした「人間関係の調整」を行う役割がありました。

言い換えれば、

警察と家庭の間に入る“緩衝材”

だったのです。


現在は「ゼロリスク化」へ大きく変化した

しかし現在、児童相談所を取り巻く状況は大きく変わっています。

背景にあるのは、相次いだ児童虐待事件です。

「なぜ助けられなかった」
「なぜ見逃した」

社会から激しい批判が起こり、児相側も、

“もし最悪の結果になれば組織責任になる”

という強いプレッシャーを抱えるようになりました。

その結果、現在は、

  • 警察との即時連携
  • 情報の全件共有
  • 身体的暴力が疑われれば迅速介入

という方向へ急速に変化しています。

これは子どもを守るためには必要な面もあります。

しかし一方で、

「間に入って様子を見る」
「家族関係を修復する」

という“グレーゾーンの支援”が、非常に難しくなっています。


娘さん自身が最も驚いていたという視点

今回、私が特に考えさせられたのは、

「娘さん自身が一番驚いていた」

という話です。

これは非常に重要な視点だと思います。

おそらく娘さんは、

  • 行き過ぎた行動を止めてほしい
  • 誰かに間に入ってほしい
  • 家族関係を修復したい

そうした気持ちだった可能性があります。

ところが現代のシステムでは、一度情報が入力されると、

  • 犯罪か
  • 犯罪ではないか

という「1か0か」の処理へ一気に移行します。

その結果、

  • 逮捕
  • 実名報道
  • 社会的失脚

という、本人も想像していなかった事態へ進んでしまうことがあります。


「人間の不完全さ」を許せなくなった社会

私は大学院で心理学を学びました。

ユング心理学では、人間には「シャドウ(影)」が存在すると考えます。

つまり、

  • 怒り
  • 嫉妬
  • 支配欲
  • 未熟さ
  • 間違い

こうした“見たくない部分”も、人間には必ずあるという考えです。

本来、社会や共同体には、

その不完全さを受け止め、
対話し、修復し、
再び社会へ戻していく力が必要でした。

しかし現代社会は違います。

過ちが見つかると、

  • 即排除
  • 即断罪
  • 即炎上

へ向かいやすい。

そこには、

「完全でなければならない」

という空気があります。

しかし、人間は本来、不完全な存在です。


安全の世界でも同じことが起きている

これは安全管理でも非常によく似ています。

昔の現場では、

  • 「なぜそうなった?」
  • 「何に困っていた?」
  • 「どうすれば防げた?」

という対話がありました。

しかし近年は、

  • ルール違反
  • コンプライアンス違反
  • 責任追及

ばかりが先行しやすくなっています。

もちろんルールは必要です。

しかし、

「人を責めるだけの安全」

では、本当の改善は起きません。

なぜなら、人は失敗を隠すようになるからです。

心理的安全性が失われるからです。


緩衝材を失った社会

今の社会は、とても「正しい社会」に見えます。

しかしその一方で、

  • 失敗できない
  • 間違えられない
  • 修復の余地がない

そんな息苦しさを抱えています。

本来、人間社会には、

  • 仲裁する人
  • 話を聴く人
  • 感情を整理する時間
  • 関係を修復する余白

が必要です。

つまり、

“緩衝材”

です。

それを失った社会では、人は剥き出しのシステムに直接裁かれることになります。

それは一見クリーンに見えます。

しかし実際には、とても冷たく、そして脆い社会なのかもしれません。


最後に

私は安全コンサルタントとして、常に考えています。

本当に大切なのは、

「ミスをゼロにすること」ではなく、
ミスや問題が起きた時に、人を壊さずに立て直せる社会を作ることではないか。

人間は不完全です。

だからこそ、

  • 支える仕組み
  • 修復する文化
  • 話し合える空気

が必要です。

ゼロリスクだけを追い求めた先に、本当に人間らしい社会があるのか。

今回の件は、そのことを改めて考えさせられる出来事でした。

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