
先日、桂二葉さんの独演会を聴くため、橋本まで出掛けてきました。
せっかく橋本方面まで行くのだから、そのまま行くのはもったいない。そこで途中の九度山で降り、真田庵へ。そこから幸村庵で蕎麦を食べ、真田ミュージアムを見学してから橋本へ向かいました。
そして桂二葉独演会。しっかり笑わせてもらい、楽しい一日となりました。
ところが、帰りの電車で心理学的に面白い光景に出会いました。
「奇数号車は前、偶数号車は後ろ」
橋本から特急に乗りました。
4両編成なのですが、降りる際の出口について、
「奇数号車は前方、偶数号車は後方」
という案内が、車内で何度も放送されていました。
私はその放送を聞きながら、「なるほど、自分の車両ならこちらから降りるのだな」と確認していました。
ところが駅に到着すると、降り口を間違える人が続出します。
「あれ?こっちじゃないの?」
という感じで、反対方向へ行ってから戻ってくる人もいます。
あれだけ何度も放送していたのに、なぜなのでしょう。
ここに、人間の「注意」の面白さがあります。
音が耳に入ることと、「聞く」ことは違う
車内放送は、間違えた人にも聞こえていたはずです。
しかし、
聞こえていたことと、情報として処理したことは同じではありません。
人間の脳は、周囲から入ってくるすべての情報を処理しているわけではありません。
スマートフォンを見ている。
家族や友人と話している。
外の景色を眺めている。
今日あったことを考えている。
降りてからどうするかを考えている。
そんな時にも車内放送の音は耳に入っています。
しかし、そこに「注意」が向いていなければ、
「奇数号車は前、偶数号車は後ろ」
という情報は頭に残りません。
つまり、
「聞いていなかった」というより、「注意を向けて聞いていなかった」
と考えた方がよいのです。
システム1なら「いつものように降りる」
ここには、システム1とシステム2の考え方も当てはめることができます。
システム1は、速く、自動的に働く思考です。
電車が駅に着けば、
「ドアが開いたら降りる」
これは普段なら、いちいち考える必要のない行動です。
だから、いつもの感覚でドアのある方向へ向かいます。
ところが今回は、
「奇数号車と偶数号車で降りる方向が違う」
という、いつもとは違う条件があります。
そこで必要になるのが、ゆっくり考えるシステム2です。
「自分は何号車だったかな」
「奇数だから前だな」
「では、こちらへ行こう」
一度立ち止まって情報を処理すれば、間違える可能性はかなり低くなります。
私はシステム2をよく使う方です
私は普段から、人の行動を観察する癖があります。
「なぜ、あの人はあんな行動をしたのだろう」
「なぜ、自分は今こう考えたのだろう」
そんなことをよく考えます。
そのため今回も、車内放送が流れると、
「奇数号車は前、偶数号車は後ろか」
と意識的に情報を拾っていました。
システム2が働いたわけです。
ただし、ここで注意しなければなりません。
システム2をよく使う人だから、ヒューマンエラーを起こさないわけではありません。
私自身、ラプスやスリップを何度も経験しています。
疲れていたり、慌てていたり、別のことに注意を取られていたりすれば、誰でもシステム1に任せて行動してしまいます。
だから大切なのは、「自分は大丈夫」と思うことではありません。
安全現場でも「言った」と「伝わった」は違う
今回の車内放送は、安全管理にも通じます。
現場で管理者が、
「朝礼で言いました」
「KYで説明しました」
「何度も注意しています」
と言うことがあります。
しかし、作業者の耳に音として届いたことと、内容が認知され、理解され、行動につながることは別問題です。
「言った」=「伝わった」ではありません。
何度放送しても降り口を間違える人がいる。
これは、人間がいい加減だからではありません。
人間の注意には限界があり、注意を向けなかった情報は、たとえ耳に入っていても行動にはつながりにくいのです。
だから安全教育でも、「何回言ったか」ではなく、
「相手が注意を向け、理解し、行動できる状態になったか」
を見る必要があります。
「聞く」ためには、注意を向ける
橋本からの帰りの特急。
「奇数号車は前、偶数号車は後ろ」
何度も流れていた短い放送から、人間の注意の仕組みを改めて考えさせられました。
聞こえている。
しかし、聞いていない。
見えている。
しかし、見ていない。
安全の世界では、この違いが事故につながることがあります。
だからこそ、いつもの行動だけに任せず、
Stop――一度止まる。
Look――必要な情報に注意を向ける。
Think――そして考える。
日常の電車の乗り降りにも、現場の安全にも、同じ人間の心理が働いています。
今日もまた、身近なところに心理学の教材が落ちていました。