
私は、ある先輩コンサルタント――師匠と呼んでいる方の影響で、心理学に強い関心を持つようになりました。
現場で安全を語る中で、その方はいつも「人を知らずして安全は語れない」と言っていました。
その言葉がきっかけとなり、私は大阪大学大学院人間科学研究科の安全行動学を受験することを決意しました。
大学院での生活は、正直に言えば刺激の連続でした。
自分の子どもよりも若い学生たちと同じ教室で学ぶ日々は、とても新鮮で、時に自分の固定観念を揺さぶられる経験でもありました。
この3年間で学んだことは、単なる知識ではありません。
・研究することの意味
・エビデンスの重要性
・そして「考える」という行為そのものの価値
これらを、体感として理解することができました。
そして修士課程を修了し、心理学修士となった今、私は安全の見方そのものが変わったと感じています。
機械はミスをしない。では、なぜ事故は起きるのか
現在の安全の考え方では、よくこう言われます。
「機械はミスをしない。ミスをするのは人間だ」
そのため、ヒューマンエラーをいかに無くすか、という方向に議論が向かいがちです。
しかし、この考え方には大きな落とし穴があります。
人間の行動が事故を引き起こすのだとすれば、その行動はどのように決まるのでしょうか。
心理学では、これを次の式で表します。
B=f(P,E)
これは、心理学者クルト・レヴィンが提唱した行動モデルです。
行動(B)は、人(P)と環境(E)の関数である、という意味です。
つまり――
人間の行動は、その人の性格や能力だけで決まるのではなく、環境との相互作用によって決まるのです。
人だけを見ていては、安全は見えない
多くの現場では、事故が起きると「なぜあの人はミスをしたのか」と考えます。
・注意不足だった
・確認を怠った
・経験が浅かった
こうした分析は一見正しいように見えます。
しかし、ここで思考が止まってしまうと、本質にはたどり着けません。
なぜなら、その人がその行動を取らざるを得なかった「環境」が必ず存在するからです。
例えば――
・時間に追われる作業計画
・不十分な教育
・曖昧なルール
・声を上げにくい職場の雰囲気
こうした環境が、人の行動を形づくります。
つまり、「人の問題」に見えているものの多くは、「環境との関係」の問題なのです。
ヒューマンエラーは原因ではない
ここで最も重要な視点があります。
ヒューマンエラーは「原因」ではなく「結果」である、ということです。
エラーは、何かの原因があって現れた現象に過ぎません。
にもかかわらず、「ヒューマンエラーが原因だ」としてしまうと、その奥にある本当の原因を見逃してしまいます。
・なぜ確認ができなかったのか
・なぜ危険に気づけなかったのか
・なぜその行動を選んだのか
これらを問い続けることで、初めて事故の本質に近づくことができます。
安全を志す人に、心理学は必須である
安全とは、ルールを守らせることではありません。
人の行動を理解し、より良い行動が自然に選ばれる環境をつくることです。
そのためには、
・人はどのように判断するのか
・なぜ間違えるのか
・環境はどのように行動を変えるのか
これらを理解する必要があります。
それを体系的に教えてくれるのが、心理学です。
最後に
事故を防ぐために、本当に見るべきものは何か。
それは、「ミスをした人」ではなく、
「そのミスを生み出した構造」です。
ヒューマンエラーを責めるのではなく、
ヒューマンエラーが起きる理由を探る。
この視点を持つことが、安全を一段深いレベルへと引き上げます。
心理学は、そのための強力な道具です。
安全を志すすべての人に、心理学の視点を持ってほしい――
それが、私の率直な思いです。