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建設現場にも進むAIの波

ブログ

2026.06.08

― KY活動をAI化することに、私は意味を見出せない ―

建設現場にも、確実にAIの波が押し寄せています。

書類作成、写真整理、議事録作成、教育資料の作成など、AIを活用できる場面は多くあります。私自身も、AIは便利な道具であり、上手に使えば大きな力になると感じています。

しかし、最近よく耳にする「KY活動のAI化」については、私は大きな違和感を持っています。

KY活動とは、本当にAIで代替できるものなのでしょうか。

建設現場の危険は、図面や作業手順書だけで決まるものではありません。
その日の天候、気温、風の強さ、足元の状態、周囲の作業状況、重機の動き、資材の置き方、作業員の経験や体調、班長の指示の出し方など、多くの要素が複雑に関係しています。

もしAIにKY活動を任せるのであれば、現場の作業内容をすべて入力しなければなりません。
その日の天候や気象条件も入力する必要があります。
さらに、作業員一人ひとりの経験、技量、体調、注意力、判断力まで数値化して入力する必要があります。

そこまでして、AIは本当にその現場の危険を正しく判断できるのでしょうか。

もちろん、AIは一般的な危険を示すことはできると思います。
「高所作業では墜落に注意しましょう」
「重機周辺では接触災害に注意しましょう」
「雨天時は足元の滑りに注意しましょう」

このような一般的な注意点を出すことは可能です。

しかし、建設現場で本当に求められているのは、一般論ではありません。

「今日のこの現場で」
「この作業を」
「このメンバーで」
「この条件の中で」
「どこに危険が潜んでいるのか」

それを考える力です。

KY活動の本質は、紙を埋めることではありません。
決められた言葉を発表することでもありません。
ましてや、AIが出した危険項目をそのまま読み上げることでもありません。

KY活動の本質は、作業員一人ひとりが自分の頭で考えることです。

「この作業で、どこが危ないか」
「自分なら、どこでミスをしそうか」
「仲間が危ない動きをしていたら、どう声をかけるか」
「予定と違う状況になった時、どう対応するか」

このように考えることを繰り返すことで、危険を見る目が育ちます。
危険を見る目が育てば、現場での判断力も高まります。
判断力が高まれば、予想外の変化にも対応できるようになります。

これが、レジリエンス力です。

レジリエンスとは、単に「強い」という意味ではありません。
現場で言えば、変化に気づき、危険を予測し、状況に応じて対応し、そこから学ぶ力です。

建設現場では、毎日同じ作業をしているように見えても、実際には同じ日は一日もありません。

天候が違う。
人が違う。
足場の状態が違う。
周囲の作業が違う。
資材の置き方が違う。
工程の進み方が違う。

だからこそ、現場では「その場で考える力」が必要になります。

KY活動は、その力を育てるための大切な訓練です。

もしKY活動をAIに任せてしまえば、作業員は考えなくなります。
AIが出した答えを確認するだけになります。
危険を探す力も、違和感に気づく力も、仲間と話し合う力も育ちません。

安全において大切なのは、AIが立派な答えを出すことではありません。
作業員自身が、危険に気づけるようになることです。

もちろん、AIの活用そのものを否定しているわけではありません。

過去の災害事例を整理する。
KYの参考資料を作る。
新人教育の教材を作る。
危険の見落としがないか確認する。
多言語化して外国人作業員にも伝わりやすくする。

このような使い方であれば、AIは大きな力になります。

しかし、AIはあくまで補助です。
現場の主役は人です。

KY活動をAIに置き換えるのではなく、KY活動を深めるためにAIを使う。
この考え方が必要だと思います。

建設現場の安全は、画面の中だけでは作れません。
現場に立ち、足元を見て、周囲を見て、仲間の様子を見て、今日の危険を考える。
その積み重ねが、作業員一人ひとりの力になります。

安全は、便利な道具だけで守れるものではありません。
人が考え、人が気づき、人が声をかけ合うことで守られます。

KY活動は、面倒な書類ではありません。
人を育てる教育です。
現場を見る力を育てる訓練です。
仲間を守るための対話です。

だからこそ、KY活動は現場で根気よく続ける必要があります。

AIに頼る現場ではなく、AIを道具として使いながらも、人が考える現場へ。
これからの安全管理に必要なのは、その姿勢ではないでしょうか。

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