
5月2日に、当事務所発行の安全通信は記念すべき第400号を迎えます。
その節目を前に、今回は少し個人的な想いを書かせていただきます。
近頃、発達特性への関心が高まり、私は『多動脳』という本を読みました。
その中で非常に印象に残ったのは、
「ADHDは単なる欠点ではなく、人類の進化の中で必要だった特性かもしれない」
という考え方です。
ADHDというと、
- 注意散漫
- 落ち着きがない
- そそっかしい
- 忘れっぽい
といった、ネガティブなイメージで語られることが多くあります。
しかし本書では、こうした特性はかつての人類にとって
“変化に素早く気づく”
“未知へ踏み出す”
“危機に即応する”
ために必要だった可能性があると述べられていました。
私自身、この話を読んで思い当たる節がありました。
小学校低学年の頃、私は
「落ち着きのない子ども」
と言われていました。
何かを見つけると、周囲が見えなくなるほど没頭する。
興味を持ったものには一直線。
逆に興味がないことには集中できない。
今思えば、かなり“特性”の強い子どもだったのかもしれません。
ですが、その性質は社会人になってから
別の形で活きました。
建設現場で大きなトラブルが起きたとき、
私は不思議と頭が冴え、
「燃える」
「ゾーンに入る」
という感覚になることがありました。
混乱の中で冷静に考え、
周囲が尻込みする場面でも前へ出る。
もしこれがADHD的な特性の一部だとすれば、
それは決して“欠点”ではなく、
環境によっては大きな強みになる
ということなのでしょう。
以前、ある建設現場の職長がこんなことを言っていました。
「最近、発達障害を持った作業員が増えている」
そして続けて、
「建設業はいろんな職場で生きづらかった人が、最後に落ち着く場所でもある」
とも話してくれました。
非常に考えさせられる言葉でした。
もちろん、発達特性によって
安全管理上の配慮が必要な場面はあります。
しかし重要なのは、
“特性=問題”と決めつけることではない
ということです。
大切なのは、
その人が何を苦手とし、何を得意とするのか
どの環境で力を発揮できるのか
を理解することです。
安全管理とは、
単にルールを守らせることではありません。
「人を理解し、人に合わせて仕組みを作ること」
でもあります。
人にはそれぞれ特性があります。
“普通”という物差しだけで測れば、
優秀な人材を見落とすこともあります。
生きづらさを抱える人がいる。
しかしその特性は、
見方を変えれば誰にもない強みかもしれません。
安全とは、
設備やルールだけで作られるものではありません。
人を理解することから始まる。
そんなことを改めて考えさせられました。