
私たちは、何かの危険性を判断するたびに、統計資料を調べているわけではありません。
「最近、同じようなニュースを見た」
「以前、自分も怖い経験をした」
「身近な人が事故に遭った」
このような、すぐに思い出せる情報を使って、危険の大きさや発生頻度を判断します。
例えば、飛行機事故が大きく報道されると、
「飛行機は危険だ」
と感じやすくなります。しかし、毎日のように発生している交通事故は、一件ごとの報道が小さいため、飛行機事故ほど強く印象に残りません。
その結果、実際の発生確率とは別に、映像が鮮明で思い出しやすい飛行機事故の方を危険に感じることがあります。
「利用可能性」とは何が利用できるのか
ここでいう「利用可能性」とは、情報がインターネットなどで入手できるという意味ではありません。
「自分の記憶の中から、すぐに取り出して判断に利用できる」
という意味です。
思い出しやすさには、次のようなものが影響します。
- 最近見聞きした出来事
- 何度も報道された出来事
- 強い恐怖や驚きを感じた出来事
- 自分や身近な人が経験した出来事
- 映像や物語として印象に残った出来事
つまり、実際に多いか少ないかではなく、「どれだけ簡単に思い出せるか」が判断を左右するのです。
建設現場で考えると
ある現場で、脚立からの転落事故が起きたとします。朝礼や安全会議で繰り返し取り上げられると、しばらくの間、誰もが脚立作業に注意するようになります。
これは利用可能性ヒューリスティックが、よい方向に働いている例です。事故の記憶がすぐに浮かぶため、危険を察知しやすくなるからです。
一方で、脚立事故ばかりに注意が向くと、その現場で本当に発生する可能性の高い、重機との接触や通路での転倒、工具の不適切な使用などが見えにくくなることがあります。
「最近、脚立事故があったから、脚立が最も危険だ」
とは限りません。頭に浮かびやすい危険と、実際に優先して対策すべき危険は、同じではないのです。
反対のことも起こります。
「この現場では、これまで事故が起きていない」
という記憶ばかりが利用されると、目の前にある危険を小さく評価してしまいます。過去に事故がなかったことと、これからも事故が起きないことは別の問題です。
災害報道でも起こる
添付資料の「災害における認知バイアス」では、発生確率の低い珍しい出来事は、目立つ情報として記憶に残るため、実際より多く発生しているように判断されることが説明されています。
マスメディアは、日常的な出来事よりも、珍しく衝撃的な出来事を大きく報道します。そのため、
「大きく報道された」
↓
「強く記憶に残った」
↓
「よく起きているように感じる」
という流れが生まれます。
ここで大切なのは、報道が間違っているということではありません。一つひとつの報道内容が正しくても、それを繰り返し見た人が、発生頻度まで高いと判断してしまう可能性があるということです。
ヒューリスティックそのものは悪くない
ヒューリスティックとは、限られた情報と時間の中で、素早く「だいたい正しい答え」を出すための考え方です。
現場では、毎回すべての情報を調べ、時間をかけて判断することはできません。過去の経験や、すぐに思い出せる事例を使って判断することは、危険から身を守るためにも必要です。
問題は、頭に浮かんだ事例だけを「すべての事実」だと思ってしまうことです。
どう対処すればよいのか
利用可能性ヒューリスティックを完全になくすことはできません。大切なのは、自分の判断に影響している可能性に気づくことです。
判断する前に、一度立ち止まって考えます。
バイアスに負けない体づくり
利用可能性ヒューリスティックをはじめ、バイアスを完全になくすことはできません。バイアスは、人が素早く判断するために備えている心の仕組みだからです。
大切なのは、バイアスをなくすことではなく、
「今の自分の判断は、何かに影響されていないだろうか」
と、自分の考えを一段上から見直すことです。これが「メタ認知」です。
しかし、バイアスについて一度学んだだけで、すぐに正しい判断ができるようになるわけではありません。日頃から、自分の判断を見直す習慣を繰り返し、いわば「バイアスに負けない体」をつくる必要があります。
そのために実践したいのが、次の三つです。
Stop ― 立ち止まる
すぐに結論を出さず、一度判断を止めます。
Look ― 見つめる
自分が何を根拠に判断しているのかを見つめ直します。
Think ― 考える
思い出しやすい情報だけでなく、数字や別の可能性も含めて考えます。
「最近見たニュースに影響されていないか」
「自分の経験だけで判断していないか」
「頭に浮かびにくい危険を見落としていないか」
このように、自分の考え方を自分で確認する習慣が、メタ認知を育てます。
Stop・Look・Thinkを繰り返すこと。それが、バイアスに負けない体づくりにつながるのです。