
何気なくテレビを見ていると、産婦人科医の丸山医師が、イチローさんの言葉を紹介していました。
「今の時代は、上から厳しく指導することが難しくなっている。だから、成長したければ自分で自分に厳しくならなければならない」
そんな内容でした。
「なるほど、これは面白い」
そう思い、すぐに調べてみました。
すると、イチローさんは実際に、高校野球の指導の中でこれに近いことをかなり踏み込んで話していました。
「指導する側が厳しくできない」時代
2023年、イチローさんは北海道の旭川東高校野球部を指導した際、今の時代について、
「指導する側が厳しくできなくなっている」
という趣旨の話をしています。
そして、高校生が自分自身を導き、自分に厳しくすることは本来とても難しいことであり、それを高校生自身に求めるのは「酷なこと」だとも認めています。
それでも、成長しようとすれば、自分で厳しい方を選んでいかなければならない。楽な方へ流れてしまえば、最後に苦労するのは自分自身だというのです。
私は、この話を聞いて、単なるスポーツ論ではないと思いました。
今の職場にも、そのまま当てはまる話ではないでしょうか。
昔は「外からの厳しさ」があった
私たちの若い頃を考えてみると、上司や先輩から厳しく指導されることは珍しいことではありませんでした。
もちろん、その中には今から考えれば行き過ぎた指導もあったでしょう。
怒鳴る。
威圧する。
人格まで否定する。
こうしたものを「昔は普通だった」で済ませてよいとは思いません。
パワーハラスメントに対する社会の意識が高まり、人格を傷つけるような指導が許されなくなったことは、私は大きな進歩だと思います。
しかし、その反動として少し気になることがあります。
「厳しく指導すること」そのものまで避けるようになっていないでしょうか。
「こんなことを言ったらパワハラと言われるかもしれない」
「強く注意して辞められたら困る」
「本人の自主性に任せよう」
こうして指導する側が一歩引けば、その人を外から引き上げてくれる力は弱くなります。
そこでイチローさんが指摘しているのが、自分で自分を律する力なのだと思います。
誰も言ってくれないからこそ、自分で決める
人間は、基本的には楽な方へ流れやすいものです。
今日は疲れているから、これくらいでいい。
一回ぐらい確認しなくても大丈夫だろう。
今まで事故は起きていない。
誰も見ていないから、まあいいか。
こうした判断は、誰にでも起こります。
だから昔は、上司や先輩が、
「確認したのか」
「手を抜くな」
「もう一度やり直せ」
と外からブレーキを掛けていました。
ところが、その外からの力が弱くなったのであれば、今度は自分自身の中にブレーキを持たなければならない。
これが、イチローさんのいう「自分に厳しくする」ということではないでしょうか。
決して、自分を追い込めという意味ではありません。
楽な選択肢と必要な選択肢があったとき、必要な方を自分で選べる力です。
安全管理も同じではないか
ここで私は、安全管理を考えました。
例えば建設現場で、
「ヘルメットのあご紐を締めろ」
「安全帯を使え」
「作業前に点検しろ」
「そこに入るな」
と、職長から言われなければ行動できない安全管理では、本当の意味で安全が身についているとは言えません。
誰も見ていなくてもやる。
少し面倒でも確認する。
「これくらいなら大丈夫」と思ったときほど、一度立ち止まる。
違和感を感じたら、作業を続けずに確認する。
つまり、
Stop ― Look ― Think
です。
一度手を止める。
周囲を見る。
そして考える。
これは、上司から「止まれ」と言われるのではなく、自分自身で自分を止める力です。
安全管理における「自分を律する力」と言ってもよいでしょう。
「厳しくしない」と「何も言わない」は違う
もう一つ、非常に大切なことがあります。
イチローさんは「今は厳しく指導できないから、本人に任せればよい」と言っているわけではありません。
旭川東高校での指導では、仲が良いことを認めながらも、時には厳しいことを言い合える関係の方が組織は強くなるという趣旨の話もしています。
さらに2026年6月のイベントでは、指導者に対して「怒っちゃ負け」と語り、感情をぶつけるのではなく、論理的に、冷静に叱ることの大切さを話しています。
私は、ここが非常に重要だと思います。
怒ることと、叱ることは違います。
「何やってるんだ!」
と感情をぶつけるだけでは、相手には恐怖しか残らないかもしれません。
しかし、
「今の行動は危険だった。もし足を滑らせたら墜落する。だから、この場所では必ずこの手順を守ってほしい」
と理由を説明することは、安全指導です。
パワハラを恐れて何も言わないことが、優しい指導なのではありません。
危険なことを危険だとはっきり伝える。
そのうえで、なぜ危険なのかを本人に考えてもらう。
これが今の時代に必要な指導ではないでしょうか。
心理的安全性とは「何も言わない職場」ではない
これは心理的安全性にもつながります。
心理的安全性という言葉が、「相手を傷つけない」「厳しいことを言わない」と誤解されることがあります。
しかし、本来の心理的安全性とは、何を言っても怒られないという意味ではありません。
分からなければ「分かりません」と言える。
危険を感じれば「ちょっと待ってください」と言える。
ミスをすれば隠さず「間違えました」と言える。
そして、危険な行動をしている仲間には、
「それ危ないぞ」
と言える。
そういう関係です。
仲良しであることと、良い組織であることは必ずしも同じではありません。
イチローさんのいう「厳しいことも言える関係」は、安全文化にもそのまま当てはまると思います。
これから求められるのは「自分で自分を育てる力」
社会は変わりました。
昔のように上司が怒鳴って人を動かす時代に戻る必要はありません。
むしろ戻ってはいけないでしょう。
しかし、人が成長するための「厳しさ」までなくしてよいわけではありません。
これまで外から与えられていた厳しさの一部を、これからは自分自身の中に持つ必要があります。
誰も見ていなくても確認する。
誰にも注意されなくても決められたことを守る。
楽な方へ行きそうになった自分に気づく。
「まあいいか」と思った瞬間に、一度立ち止まる。
これは心理学的に言えば、自分自身の思考や行動を一段上から見る「メタ認知」でもあります。
そして私は、安全においても非常に重要な能力だと思っています。
テレビを見ていて偶然耳にしたイチローさんの言葉。
気になって、すぐに調べてみました。
調べれば調べるほど、これは野球だけの話ではありませんでした。
他人から厳しくされる時代から、自分で自分を律する時代へ。
そして指導する側には、
怒るのではなく、理由を示して冷静に伝える力。
働く側には、
誰かに言われなくても、自分の行動を自分で振り返る力。
これからの安全管理にも、この二つがますます必要になるのではないでしょうか。