
建設業では、長年にわたってさまざまな安全管理活動が行われてきました。
リスクアセスメント、KY活動、安全パトロール、安全教育、作業手順書、ヒヤリハット活動、指差呼称。事故が起これば原因を調査し、再発防止対策を立てます。
こうした取り組みによって、建設現場の安全性は確実に向上してきました。
では、ここで一つ考えてみたいと思います。
今までと同じ安全管理をさらに強化していけば、事故はゼロになるのでしょうか。
私は、ここに現在の安全管理の一つの壁があるように感じています。
事故から学ぶSafety-I
これまでの安全管理の基本は、
「なぜ事故が起きたのか」
を考えることでした。
事故が起これば原因を調べます。
作業手順に問題はなかったか。設備に不備はなかったか。作業員はルールを守っていたか。教育は十分だったか。
原因を見つけ、それを取り除き、同じ事故を繰り返さないようにする。
これはSafety-Iと呼ばれる考え方です。
もちろん、Safety-Iが間違っているわけではありません。
事故から学ぶことは、これからも安全管理の基本です。
しかし、事故が発生すると、
「確認不足だった」
「注意が足りなかった」
「ルールを守らなかった」
というように、原因が人に向かうことがあります。
そして最後には、
「再教育を実施する」
「注意喚起を徹底する」
という対策で終わってしまう。
これで本当に事故の原因を取り除いたことになるのでしょうか。
人はなぜ、その行動をしたのか
ここで視点を変えてみます。
「なぜ間違えたのか」ではなく、
「なぜ、その人はその状況で、その行動を選んだのか」
と考えてみるのです。
時間に追われていなかったか。
人員が不足していなかったか。
作業手順と実際の現場に違いはなかったか。
資材の置き場所が変わっていなかったか。
周囲の作業と干渉していなかったか。
疲労していなかったか。
そして、「危ない」と感じても作業を止めにくい雰囲気ではなかったか。
人の行動だけを見るのではなく、人と環境の関係を見る。
心理学者クルト・レヴィンは、人間の行動を、
B=f(P,E)
と表しました。
行動(Behavior)は、個人(Person)と環境(Environment)の関数であるという考え方です。
事故を起こした人だけを見ていては、事故の全体像は見えてこないのです。
Safety-IIは「うまくいった日」を見る
ここで登場するのが、エリック・ホルナゲル教授らが提唱してきたSafety-IIの考え方です。
Safety-IIで注目するのは事故だけではありません。
むしろ、
「なぜ今日も事故が起きなかったのか」
を考えます。
一つの建設現場を考えてみましょう。
何百人という人が働き、重機が動き、資材が運ばれ、高所作業が行われます。
しかも現場の状況は毎日変化します。
それでも、ほとんどの日は事故を起こさず仕事を終えています。
なぜでしょう。
作業員が計画書どおりに動いているだけではありません。
「ここに置くと邪魔になるから少し動かそう」
「今日は風が強いから、この作業は後にしよう」
「新人だから少し見ておこう」
「重機が来たから一度作業を止めよう」
こうした小さな判断と調整が、現場では無数に行われています。
それによって仕事が成立しているのです。
人は事故原因であると同時に、安全をつくる存在
ヒューマンエラーを考えるとき、私たちは人間の弱い部分に目を向けがちです。
人は忘れる。
人は勘違いする。
人は思い込む。
人は注意を失う。
確かにそのとおりです。
しかし、人間にはもう一つの側面があります。
人は変化に気づきます。
人は仲間を助けます。
人は予定を変更します。
人は「何かおかしい」と感じます。
そして危険だと思えば、作業を止めることもできます。
人は事故の原因になる存在であると同時に、毎日事故を防いでいる存在でもあるのです。
Safety-IIは、こちらにも目を向けます。
Safety-Iを捨てるのではない
Safety-IIというと、「これまでの安全管理を否定する考え方」と受け取られることがあります。
私はそうは考えていません。
事故が起きれば原因を調べる。
設備の不備があれば改善する。
ルールが必要なら作る。
Safety-Iは必要です。
しかし、それだけでは見えない安全があります。
事故という「失敗」だけを見るのではなく、毎日起きている膨大な「成功」にも目を向ける。
Safety-IにSafety-IIを加える。
そこに、これからの安全管理の可能性があるのではないでしょうか。
そして今、建設業にもAIの大きな波が押し寄せています。
AIは安全管理にも使われ始めています。
では、Safety-IIの視点から見たとき、AIにはどこまで安全を任せればよいのでしょうか。
次回は、最近耳にするようになった「AIによる危険予知」について考えてみたいと思います。