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番外編 事故が起きた時、所長は何を考えるのか

ブログ

2026.09.16

― ある現場で経験した「非常時のレジリエンス」―

これまで「良い現場所長は、何を見て、何を考えているのか」というテーマで、現役時代を振り返ってきました。

その中で私は、

「非常時の判断力は、非常時につくられるのではない。平常時にどれだけ考えてきたかが、非常時の判断を支える」

と書きました。

今回は番外編として、私が現場所長時代に経験した、今でも強く記憶に残っている事故について書いてみたいと思います。

三重県北部で、国土交通省発注のバイパス道路を建設していた時のことです。

桁架設を前に事故が起きた

現場では、橋桁架設作業に向けた準備を進めていました。

橋脚上に設置されていた手すりを解体していた時です。

支柱として使っていた単管パイプを落下させてしまいました。

落下した単管パイプは跳ね、別の作業員に当たりました。

作業員は病院へ搬送され、傷口を12針縫うことになりました。外科の先生が傷口を丁寧に細かく縫ってくださったため12針となったもので、結果としては不休災害でした。

しかし、不休災害だから大したことがない、では済みません。

国土交通省の直轄工事です。

工事はいったんストップしました。

ここから、所長としての対応が始まります。

私の頭は一気にフル回転した

事故が発生すれば、当然、負傷した作業員への対応が最優先です。

同時に、所長には別の問題も次々と押し寄せてきます。

しかも、この時は橋桁架設を控えていました。

工事を止めれば、すでに動き始めている工程全体に影響します。

私はすぐに考え始めました。

運搬中の桁をどうするのか。

どこかで預かってもらわなければならない。

工事を止めることで新たにどのようなリスクが発生するのか。

そのリスクにどう対応するのか。

工程をどのように組み直すのか。

どこへ、どの順番で連絡するのか。

事故そのものへの対応と同時に、事故によって変化した現場全体をどう成立させるのかを考えなければなりません。

今振り返ってみると、まさに頭がフル回転していた状態でした。

自分一人ですべてを抱え込まない

ここで大切だったのが、役割分担です。

事故対応については後輩に任せました。

私は所長として、工程の組み直しや関係先との調整、工事全体への影響への対応に動きました。

所長だからといって、事故に関するすべてのことを自分でやる必要はありません。

むしろ非常時ほど、

「自分がやるべきことは何か」
「人に任せるべきことは何か」

を判断する必要があります。

一つの問題だけに集中してしまえば、ほかの問題が見えなくなります。

私は事故そのものへの対応を進めながら、止まった現場の先を考え続けました。

そして関係先と調整し、工程を組み直していきました。

結果として、工事は約2週間の中止を経て再開することができました。

忘れられない監督官の対応

この事故でもう一つ、今でも強く記憶に残っていることがあります。

国土交通省の監督官の対応です。

事故が起きたのですから、厳しく叱責されても不思議ではありません。

しかし、その監督官は感情的に怒ることはありませんでした。

それよりも、

「これから何をしなければならないのか」

を丁寧に教えてくださいました。

必要な手続きの方法を説明していただき、関係する書類については、A1判の一枚に分かりやすくまとめるよう指示されました。

そのための印刷機まで貸していただきました。

さらに印象に残っているのが事故報告会です。

「なぜこんな事故を起こしたんだ」

と過去の責任を追及するだけの会ではありませんでした。

中心となったのは、

「これから、この工事をどのように進めていくのか」

という話でした。

事故はすでに起きています。

起きてしまった事実を消すことはできません。

もちろん原因を調べ、再発防止を考えることは必要です。

しかし、それと同時に、

「では、ここからどうするのか」

を考えなければ工事は前へ進みません。

私は、この時の監督官の対応に非常に助けられました。

Safety-IIの視点から振り返ると

当時の私は、Safety-IIという言葉を知りませんでした。

しかし今振り返ると、この監督官の対応には、現在私が大切にしている考え方と重なる部分を感じます。

事故が起きた。

だから誰が悪かったのかだけを追及する。

それで終わらない。

事故から何を学ぶのか。

変化した条件の中で、これから安全に工事を進めるためには何が必要なのか。

現場が再び機能するためには何を整えなければならないのか。

過去を検証しながら、未来を見る。

事故報告会が前向きなものになったのも、監督官がその方向を示してくださったからだと思っています。

そして監督官が代わった

ところが4月になり、監督官が交代しました。

今度の監督官は非常に厳しい方でした。

提出した書類を何度も突き返される。

修正して持っていく。

また返される。

そんな毎日が続きました。

他社では、対応する所長が精神的に追い込まれるほど厳しい監督官でした。

しかし私は、そこで、

「なんでここまで言われなければならないんだ」

と反発する方向には進みませんでした。

考えたのは、

「この監督官は何を求めているのだろう」

ということでした。

何度も書類を修正しながら、相手の考え方を理解しようとしました。

「ここを直せと言われた」という表面的な部分だけを見るのではなく、

「なぜ、ここを直せと言うのだろう」

「この人が求めている資料とは何なのだろう」

と考える。

少しずつ監督官の考え方が見えてきました。

そうなれば、それに沿った資料を最初からつくれるようになります。

やがて私は、その監督官から信任を得ることができました。

そして他社の所長に対して、

「分からないことがあれば、住金の濵口に聞け」

と言っていただけるまでになりました。

厳しい監督官を変えたわけではありません。

相手を理解し、自分の対応を変えたのです。

これもまた、環境の変化に対する一つの適応だったのだと思います。

大変だったからこそ、記憶に残る現場

この現場では、事故だけではなく、さまざまな取り組みもしました。

元請会社の所長、副所長が集まる懇親会もありました。

現場には、座るだけではなく、疲れた時には横になることもできる畳の間を設けました。

今のように「ウェルビーイング」などという言葉を意識していたわけではありません。

ただ、

どうすればみんなが仕事をしやすくなるのか。

それを考えていたのだと思います。

事故もあった。

工事も止まった。

厳しい監督官とも向き合った。

決して楽な現場ではありませんでした。

それでも今振り返ると、大変記憶に残る現場です。

非常時に出てくるのは、普段の思考である

このシリーズの第1回で、

「非常時の判断力は、平常時につくられる」

と書きました。

今回の経験を振り返ると、その考えがよりはっきりします。

事故が起きた瞬間、私は突然別の人間になったわけではありません。

事故対応。

工程。

運搬中の桁。

工事中止によって新たに生まれるリスク。

関係先との調整。

工事再開までの道筋。

頭をフル回転させながら、次々と考えました。

しかし、その思考の仕方そのものは、普段の現場管理で行っていたことの延長だったのだと思います。

今、何が起きているのか。
この次に何が起きるのか。
何を優先するのか。
誰に任せるのか。
別の方法はないのか。

普段から繰り返してきた「次を考える」という習慣が、非常時にも出てきたのでしょう。

そして、もう一つ大切なことをこの現場から学びました。

レジリエンスとは、一人の優秀な人間だけが発揮する能力ではありません。

事故対応を任せられる後輩がいる。

工程変更に協力してくれる関係先がいる。

前へ進むための方法を示してくれる監督官がいる。

協力してくれる作業員や協力会社がいる。

人と人とのつながりを含めた現場全体が、変化に対応する。

そこまで含めて、レジリエンスなのだと思います。

事故そのものは、決して起きてほしい出来事ではありません。

しかし、その経験から何を学び、次にどう生かすのかは、私たちが選ぶことができます。

あの現場で経験したことは、何十年経った今でも、私の安全に対する考え方の中に残っています。

何かが起きた時に発揮される力は、何も起きていない時につくられている。

そして、

良い現場とは、事故が起きない現場だけではない。
想定外のことが起きた時にも、人が考え、人が支え合い、再び前へ進むことのできる現場である。

私にとって三重県でのこの現場は、そのことを教えてくれた、忘れることのできない現場の一つです。

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