
近年、建設現場でもAIを活用し、KY活動を支援しようという動きが出てきています。
作業内容を入力すると、過去の災害事例や想定される危険をAIが表示する。
その情報を使って、朝礼や作業前のKY活動を行う。
一見すると、便利な仕組みに見えます。
特に経験の浅い職長や、過去の災害事例を十分に知らない作業員にとっては、危険を考えるきっかけになるかもしれません。
しかし私は、KY活動そのものをAIに任せる方向には、大きな疑問を感じています。
KY活動の前にあるもの
まず、KY活動とリスクアセスメントは、同じものではありません。
リスクアセスメントは、工事計画や作業手順、設備、仮設、安全設備などを見直し、危険をできる限り取り除き、低減するための活動です。
たとえば、
・開口部に手すりや養生がない
・足場の壁つなぎが不足している
・重機との接触を防ぐ区画や誘導がない
・仮設電気やアースに不備がある
このような問題は、本来、KY活動で「注意しましょう」と言って済ませる話ではありません。
設備や計画の問題として、作業を始める前に改善されていなければなりません。
その上で、なお残る危険があります。
当日の天候。
足元の状態。
作業員の体調。
工程の遅れによる焦り。
他業者との作業干渉。
作業員ごとの経験や技量の違い。
こうした、その日の現場で変化する危険に対して、作業員自身が考え、声を出し合い、行動を決める。それがKY活動の本来の役割だと思います。
過去事例を並べても、安全になるとは限らない
AIは、多くの過去事例を集め、もっともらしい危険ポイントを表示することができます。
「墜落に注意」
「重機接触に注意」
「感電に注意」
「飛来・落下に注意」
しかし、それを読み上げるだけで、本当に安全になるでしょうか。
作業員が自分で現場を見ず、AIが出した文章を確認するだけになれば、KY活動は書類作成のための儀式になってしまいます。
AIがどれほど多くの情報を持っていても、今日の現場の空気までは分かりません。
誰が疲れているのか。
誰が焦っているのか。
新人がどこで戸惑っているのか。
職長が工程に追われて無理をしていないか。
重機の運転手と誘導員の意思疎通は取れているか。
「今日は何となく危ない」と感じる場面があるか。
こうした危険は、現場に立ち、人を見て、作業を見て、言葉を交わさなければ分かりません。
AIが入ることで、作業員が考えなくなる危険
AIの活用で最も心配なのは、作業員が自分で危険を考えなくなることです。
AIが危険を挙げる。
職長がそれを読む。
作業員は「分かりました」と答える。
この流れが続けば、作業員は危険を予測する力を身につけることができません。
KY活動は、本来、危険を当てるためのクイズではありません。
自分たちの作業を見て、
「ここが危ないかもしれない」
「この作業順序では接触するかもしれない」
「今日は風が強いから、いつもと同じでは危ない」
と考える力を育てる教育です。
そして、危険を感じた時に声を出す力、作業を止める力、仲間に伝える力を育てる活動でもあります。
AIの指示に従うだけでは、その力は育ちません。
導入効果は、現場の実感で確かめる必要がある
国や発注者がAI活用を評価し、「安全性が向上した」と発表することがあります。
しかし、現場の実態は、報告書やアンケートだけでは分かりません。
新しい取組を導入した以上、「効果があった」と答えやすい空気が生まれることもあります。公共工事では特に、DXやAI活用が評価される流れの中で、「実際には使いにくい」「現場には合わない」といった本音が出にくい場合もあるでしょう。
本当に見るべきなのは、導入後に次のような変化が起きているかです。
・作業員が自分の言葉で危険を話しているか
・毎日同じKY内容を繰り返していないか
・職長がAIの文章を読むだけになっていないか
・作業員が危険を感じた時に、止まる判断をできているか
・ヒヤリハットが減ったのではなく、報告されなくなっていないか
AI導入の評価は、数字やアンケートだけでなく、現場で働く人の行動がどう変わったかで判断する必要があります。
AIは「資料係」なら役に立つ
私は、AIを完全に否定するものではありません。
過去の災害事例を探す。
類似作業の危険を調べる。
経験の浅い職長が考えるための材料を集める。
教育資料を作る。
このような使い方であれば、AIは役に立つでしょう。
ただし、AIはあくまで「資料係」です。
現場の危険を見つけるのは作業員です。
対策を考えるのも作業員です。
危険を感じて作業を止めるのも作業員です。
KY活動の中心は、AIではありません。人です。
AIを導入する前に必要なのは、危険を見つける力、危険を言葉にする力、仲間の意見を聞く力、そして危ない時に止まる力を育てる教育です。
便利な技術を使うことと、安全な現場をつくることは、必ずしも同じではありません。
AIを使うなら、作業員が考えなくなるためではなく、より深く考えられるように使わなければならないと思います。
AIをKY活動に使用するのではなく、KY活動の教育に使用すべきなのではないでしょうか