
こんにちは。濵口労働安全コンサルタント事務所の濵口です。
最近、建設業界でも「AI(人工知能)」の活用が花盛りですね。国交省も熱心に推奨しており、過去の膨大な災害データやヒヤリハットをAIに読み込ませて、日々の危険予知(KY)活動の資料として活用する試みが広がっています。
一見すると「最先端の素晴らしい安全対策」に思えるかもしれません。しかし、現場のリアルを知る人間として、私はここに強い危機感を抱いています。
なぜなら、この「AIによるKY」には、『人間の特性』という最も重要な視点がすっぽりと抜け落ちているからです。
今回は、最近私が注目した「スウェーデンのある教育研究」の発表をヒントに、現代の安全管理が直面している本質的な問題について考えてみたいと思います。
■ スウェーデンが「紙の教科書」を買い戻している理由
教育の完全デジタル化(タブレット導入)を世界で最も急進的に進めていたスウェーデンが、近年、その方針を180度大転換したのをご存知でしょうか。
名門カロリンスカ医科大学などの研究チームの発表を受け、スウェーデン政府は「小学校低学年はデジタルよりも紙の教科書が良い。高学年になってからデジタルを活用すべきだ」として、学校現場に紙の教科書と手書きノートを復活させる予算を組みました。
なぜ、便利なデジタルを止めて、わざわざ不便な「紙」に戻したのか。 理由は、子供の「脳の発達ステップ」にあります。
基礎的な読み書きや、深く考える脳の回路(OS)が未熟な低学年のうちにデジタル画面を与えてしまうと、脳はスクロールや光などの余計なノイズに気を取られ、文章を深く理解したり記憶に定着させたりすることができなくなります。結果として読解力が低下してしまったのです。
まずは「紙」という五感を使う道具でじっくりと深く考える脳の土台を作り、その土台が完成した高学年になって初めて、「デジタル」という便利な道具を使いこなす。この順番こそが、人間の認知の特性に合致しているという結論です。
■ 建設現場のリアル:「楽をしたい」脳の仕様(システム1)
この話を、そのまま今の建設現場の「AI活用」に対比させてみてください。
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの言葉を借りれば、人間の脳には2つの思考モードがあります。
- システム1: 直感的、無意識、高速(脳の省エネモード)
- システム2: 論理的、意識的、深い思考(エネルギーを消費するモード)
人間は本能的に「楽をしたい(エネルギーを節約したい)」生き物ですから、放っておくと9割の確率で自動的に「システム1」で行動します。
目の前に、AIが過去のデータから弾き出した「完璧でもっともらしいKYシート」が毎朝印刷されて出てきたらどうなるでしょうか?
作業員も、元請の職員も、システム1(無意識の省エネモード)のまま、「右から左へスルー」して判子を押すだけになります。文字が綺麗で、内容が網羅されていればいるほど、人間は「ヨシ!確認した」と思い込む(スリップ現象を起こす)のです。
国交省のアンケートでは「AI活用に前向きな意見が多数」と発表されていますが、これは元請企業が今後の入札点数を気にした「タテマエの忖度回答」に過ぎません。現場の脳は、AIの登場によってむしろ「思考停止」に向かっています。
■ まとめ:AIは「教育」に、現場のKYには「システム2」を
スウェーデンの教育が「低学年は紙、高学年はデジタル」と分けたように、建設現場の安全管理も明確にフェーズを切り分けるべきです。
私の提言はこうです。
「AIは、バックヤードでの『安全教育(インプット)』に徹底して活かすべき。そして、現場のKYは、人間同士の『具体的で活発な対話(アウトプット)』にすべきである」
AIは、過去の事故事例や見落としがちな災害パターンを教えてくれる、優秀な「高学年のデジタル教材」です。これは安全研修や事前の教育の場で、人間の知識の引き出しを増やすためにフル活用すればいい。
しかし、いざ本番の現場で行う朝礼やKY活動は、泥臭く「紙と対話」というシステム2(深い思考)を強制起動させる場にしなければなりません。
知識を得た職人さんたちが、自分の目で現場を見つめ、 「今日のウチの足場だったら、どこが一番危ないか?」 「昨日雨が降ったから、杉の足場板が水を吸っていつもより重くなっているぞ。腰を落として持とう」 と、生きた具体的な言葉を交わし合う。これこそが、命を守る本当の危険予知です。
今の業界に必要なのは、AIという新しい道具を導入することではなく、それを使う「人間の特性についての教育(OSのアップデート)」です。
道具に支配されるな。道具を使いこなす「人間の脳の仕組み」を、今一度学び直してみませんか。
私は心理学を大学院できちんと学び、人間の認知特性から俯瞰してみることが出来ます。人間は、人間の脳は省エネに出来ています。考えるには機会が必要なのです。その機会がKY活動になります。
KY活動がマンネリしている、活性化していない、具体的なKYになっていない。それは、教育不足なのです。現場の作業員の皆さんは多くの引き出しに回答を持っています。その回答を如何に引き出すのか、そのためには、元請け職員や職長の能力向上が必要になります。
現役時代、各現場で1回は必ずKY教育を行っていました。継続する、職長を育てる、すべての職長ではありませんでしたが、ある会社の職長は教わったKYを続けていました。最初は時間が掛ったようですが、継続することで作業員の意識も変化し、時間も短くなりました。
継続的な学習こそが求められています。目先のAIに頼るのではなく、泥臭い日々の学習こそが必要なのです。