
「所長が言ったから。」
「ベテランが大丈夫と言ったから。」
「先生がそう言うなら間違いない。」
私たちは日常生活の中で、このような判断を何気なくしています。
これは権威バイアスと呼ばれる認知バイアスです。
権威バイアスとは、専門家や立場のある人、経験豊富な人の意見を、内容を十分に検討することなく「正しい」と信じてしまう心の働きです。
もちろん、このバイアス自体は悪いものではありません。
もし毎回すべてを自分で調べて判断していたら、私たちの生活は成り立ちません。医師を信頼し、教師を信頼し、専門家を信頼することで、私たちは効率よく生活しています。
しかし、安全の世界では、この便利な心の働きが事故につながることがあります。
例えば建設現場。
現場所長が「今日はこの方法で行こう」と言いました。
職長も「今までこのやり方で事故はなかった」と続けます。
新人作業員は、「何か危ない気がする」と感じました。
それでも口には出せません。
「自分より経験がある人が言っているのだから間違いない。」
こうして作業は始まります。
もしその判断が間違っていたとしたら、事故は防げたはずなのに、防ぐ機会を失ってしまいます。
ここで興味深いのは、事故は一つのバイアスだけでは起こらないということです。
権威バイアスが働くと、「偉い人が言うなら正しい」と考えます。
すると、周囲も従うため同調性バイアスが働きます。
さらに、「今まで事故がなかったのだから今回も大丈夫」と正常性バイアスが加わります。
そして、「事故になるのは他人で、自分は大丈夫」と楽観性バイアスまで働きます。
事故が起きた後になると、「そんな危険なことをするから事故になるんだ」と後知恵バイアスによって結果だけを見て判断してしまいます。
つまり、一つひとつのバイアスが数珠つなぎのようにつながり、最後に事故という結果が生まれるのです。
私は、この「バイアスの連鎖」こそが、安全管理で最も重要な視点ではないかと考えています。
事故原因を一つだけ探しても、本当の原因にはたどり着けません。
その時、人はどのような心理状態だったのか。
どのようなバイアスが重なったのか。
そこまで見えて初めて、同じ事故を防ぐことができます。
SafetyⅡでは、「人は失敗する存在」ではなく、「人は状況に応じて最善と思う判断をしている存在」と考えます。
だからこそ、事故が起きた時には「誰が悪かったか」を探すのではなく、「どのような認知バイアスが重なっていたのか」を考えることが、安全文化を育てる第一歩になるのです。
事故は、一つの原因で起こるものではありません。
そして、認知バイアスも一つだけで働くものではありません。
バイアスの数珠つなぎに気付くこと。
それが、安全を見る新しい視点なのではないでしょうか。